笠原みどりの章_3-6
で、教師が来て、ホームルームをやっつけて、放課後になった。
掃除のために、机は全て、後ろに下げられる。
まつりは、すぐに教室を出て行き、そして俺も、
「さて、帰るか――」
「待ってください、達矢くん!」
え?
振り向くと、掃除道具を持った笠原みどりが居た。
「達矢くんも、掃除当番ですよ」
「あー、そういえばそうだったな。忘れてた」
「しっかりして下さい。風紀委員なんですから」
箒を差し出してきたみどり。
「いいや、違うぞ、みどり。俺は、風紀委員補佐だ!」
俺は言って、箒を受け取った。
「どっちにしろ、掃除当番でしょう!」
さすが美化委員。
「掃除当番からの逃亡を見逃してくれないというわけか!」
「掃除中にふざけないっ!」
「はい……」
おこられた。
仕方ないので、みどりと一緒に掃除する。
「あのさ、一つ訊きたいんだけど……」
「何ですか?」
みどりが真顔で返してきた。
「風間史紘とまつりって、何なの?」
「何でそんなこと訊くんですか?」
「そりゃまぁ、だって、授業中もおかしかったじゃねえか。シャープペンで背中刺されてさ」
「彼は、まつりちゃんの下僕なの」
「はぁ?」
「転校してきてすぐに、彼、イジメられたの。ほら、この学校は、不良多いでしょ? それも古臭い感じの悪い人たちが」
「ああ、世紀末っぽい奴らとか、髪型が鋭利な奴らとかだな……」
「それで、ほら、風間くんって、少しイジメられオーラ出てるじゃない?」
「まぁ、わからないでもないな」
さっき、ついつい見下してしまいそうになった。
「案の定、激しいイジメに遭ってね……」
「それで、まつりが助けたってわけか」
「そうね。そうなるかな」
「何かスッキリしない物言いだな。まだ何か問題でもあったのか?」
「まつりちゃんがね、『フミーンをイジメていいのは、あたしだけよ』って言って、彼をイジメてた不良どもを全員病院送りにしたんだけど……」
「まつりらしいな」
「うん、それで、その後まつりちゃんによる、不良たちよりも更に激しいイジメが始まったの」
「悪化したと……」
「うん。そうなんだけど……なんか風間くんは喜んでるみたいだから……おかしい人だよね。二人とも」
「……かなりおかしいな」
「ですよね」
そう言って、笠原みどりは笑った。
掃除が終わって、
「一緒に、帰ろ」
みどりは言って、微笑んだ。
商店街の看板娘らしい素敵スマイル。
「ああ」
俺も笑いながらそう言った。
俺とみどりは、風車並木の坂道を下る。
周囲には見晴らしの良い草原。そして、そこに建つ、何基もの風車たち。そして商店街。こんなに多く軒を連ねているのにさぴしいかんじがするのは、シャッター閉じられているところが多いからだろうか。
で、前を向けば、湖と、崖の裂け目と、その向こうの海が覗いていた。
「…………」
学校を出てから、みどりはずっと無言だった。
無言というものは、人を圧倒的に不安にさせるぜ。
しかし、俺も引っ越して来たばかり。あまり会話のタネも無いわけだ。
だが無理矢理にでも声を出さないと、段階的に不安が大きくなっていってしまう。
手遅れになる前に、俺は晴天に向けて手を伸ばし、
「ぁぁぁ…………」
と、わざとらしい欠伸をした。
しかし変わらず無言である。
その時、俺は普通に話すことに決めた。
で、まぁ、真面目な話を振るべきか、軽い話をしてみるか迷った末に、
「……お前の店って、どうなんだ?」
何だか中途半端な質問を選択した。
「え、どうって?」
「まぁ、その、な。売り上げっての? 儲かってるか?」
すると、
「全然だよ!」
突然、声を荒げる笠原みどり。ちょっとびっくりした。
「そ、そうか」
「そうだよ! あの突然できた巨大なショッピングセンターの所為で!」
「あ、ああ、ショッピングセンターな。話に聞いたことはあるぞ」
「行って見てくればわかるよ! 良い所なの! 何でも揃ってる! あんなの、商店街の品揃えの悪いお店が勝てるわけないでしょ!」
「そ、そうか」
「でも、どうしてこんな町に参入してきたのかわからないけど、それで町の人たちが幸せを感じるなら、あたしの家のお店が割を食うのも、仕方ないって」
いっそ割を食ってばっかだな、みどりは。
自分の身を犠牲にしてばかりで。
「それでも、このままじゃ、お店が潰れちゃうの! どうすればいいのかなんて、あたしにはわからないのよ」
「そ、そりゃ大変だな……」
「そうなの。商店街の人たちも皆、気に入らないって怒ってる。でも、町の幸せを願うなら、怒る事の方が間違ってると思うのよ」
「そんな……」
そんな難しい話をされてもな。俺にはよくわからん。葛藤があるってことくらいは伝わったが。
「ホント、何でこんな街に……」
こんな世界から捨てられたようなボロの町に、何故そんな店がオープンしたのか、なんて、俺が考えたって仕方がないことだ。
例えば、金があっても無人島では何を買うこともできない。モノが無ければ、いくら金銭を持っていてもどうしようもない。考えてみれば当り前のことだ。
そして、つい最近まで、今以上に物資の乏しい町だったということは容易に想像がつく。
隔絶された世界にだって、外の世界と同じ水準の生活をする権利があるはずだ。
それを実現しているのがみどりの言う大型ショッピングセンターならば、それを否定することは俺にはできないだろうな。
「あっ……ご、ごめんなさい。あたしったら、ついアツくなっちゃって……」
「いや、まぁ……な。別に謝らなくてもいいぜ」
「なら、いいけど……」
俺の中でのみどりの第一印象は、大人しくて比較的無口な子だった。
でも、今となっては、そんなことはないなと否定したい。
みどりは、今まで会った中でもおしゃべりな方だ。ただ人見知りをするタイプのようなので、少し出会い方が悪かったら、こんなに仲良くなれなかったかもしれない。
その時、商店街に差し掛かった。
すると、またしても色んな人から話しかけられた。
色んな人がすれ違いざまにみどりに声を掛けていく。
まずは、女の人。
「みどりちゃん。おかえり」
「あ、穂高さん」
「明日の夜、会議やるそうだよ。悪いんだけどお父さんに伝えてもらえないかね」
「あ、はい。わかりました」
会議?
そして、女の人の次は、おっさん。
「おう、みどりちゃん。聞いたかい? 明日の会議の話」
「はい。今、穂高さんから聞きました」
「何だろうねぇ。会議なんて。久しぶりだねぇ」
「ええ……」
「ま、いいか。何か買ってく? まけるよ」
「いえ、今日は、いいです」
「そうかい」
「それでは」
おっさんの次はじいさん。
「お、みどりちゃん。何じゃ、その男の子は。ウチの子よりも先に彼氏見つけちゃ困るんじゃが~」
「あ、上井草さん……そんな」
「まぁ、ウチの子に彼氏なんてできっこないんじゃがね」
「そんなこと……」
「いやいや、もうね、笠原さんトコと娘交換したいくらいじゃよ」
「そんなことできないですってば」
「あっはは、そうじゃね!」
「それじゃあ……」
「ああ、またね」
なんか、同じようなやり取りをちょっと前に見た気がする。デジャヴってやつだろうか。
にしても、さすが商店街の看板娘だ。
で、少し歩いて、挨拶ラッシュが途切れた時に、みどりは小声で、
「今の、まつりちゃんのおじいちゃんよ」
と言った。
おじいちゃん……ということは、最後にすれ違った老人のことだろう。
「そうなのか……まつりのじいちゃんにしては、あまり強くなさそうだな」
「それは……節穴かな」
「え」
「達矢くんの目が節穴」
「強いの? もしかして」
「この街で、二番目に」
「ちなみに訊くけど、一番目は?」
「当然、まつりちゃん」
やはりそうか。
「じゃあ、もしかしてまつりの親とかも強かったりするのか?」
「……………………」
黙った。
「えっと……」
急に黙られると不安になるんだが。
「たぶん、弱いんだと思う」
「そうか」
「……うん」
何だか歯切れの悪い会話だった。
常に軽妙なやり取りを理想とする俺としては、合格点はあげられない会話だが、静かでスローで重めのトークも、たまには良いかもしれない。
と、そこで笠原商店に着いた。
「それじゃあ、また来週ね」
来週。そうか、明日、明後日と休日だから、次に会うのは来週か。
「ああ、また来週」
笑顔で手を振るみどりを見送る。
みどりは振り返り、店の引き戸を開けて、閉めた。
「ただいまー」
戸の向こう側から声がした。
「ただいま、か」
いつか、俺も「ただいま」を言う日が来るだろうか。