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笠原みどりの章_3-2

 通学路。


 俺はある建物の前に立っていた。色あせた看板、半分だけ開けられたシャッター。『笠原商店』という文字。


 坂の下からの風が右から吹いて、俺の体の前と後ろを通り抜けて行った。


「よし」


 俺は、大きく息を吸い込んで、彼女の名前を呼ぼうとした。


 だがその時――


「おはよう、達矢くん」


「お、おう」


 どっから出てきたんだ?


 制服姿の笠原みどりがすぐそばに居た。


「……おはよう」


「どうしたの、こんな所で立ち止まって」


「いや、みどりと一緒に登校しようと思ってな」


「えっ……」


「今大声で呼ぼうとしてたところだ。『みーどりちゃん』ってな」


「恥ずかしいからやめてね、それ……」


「そうか? まぁ……そうか」


「子供じゃないんだから」


「そっか。でも、どこから出てきたんだ?」


「向こうに玄関があるから」


 言って、建物の右半身側を指差した。


「なるほど」


「行こうか、学校」


 笑顔。


「おう」


 二人で、緩やかな坂道を上り出した。


 と、少し歩いた通学路で、人垣ができていた。


 何事だろうか。


 背伸びして覗いてみる。


「掛かって来な」


「よろしくお願いします!」


 挑発的に腕組をして胸を張る上井草まつり。


 その視線の先には男子生徒がいて、大きく一礼した。


 まるで、武道の試合みたいだな。


 っていうか、また上井草まつり絡みか。


「何の騒ぎなんだ?」


 俺は、二人を囲む人垣の中で立ち尽くす女子に訊いてみた。


「あの男子が、勝負を挑んだの」女子は答えた。


「へぇ。って、あいつ……」


 あの男子は……。


「知り合いなの?」とみどり。


「ああ、昨日俺を保健室に運んでくれて、今朝はバナナを渡そうとしてきた男だ」


 確か、元少年犯罪組織のリーダーだったって男か。


「バナナを……何で?」


「朝食に出たんだ。嫌いだったのかもな」


「ふぅん」


 対峙するまつりと男子生徒。


 二人の間には緊張した空気。視線で戦っていた。


 もしや、今朝彼が言っていた「心残り」ってのは、これのことか。


 二人の戦いを見守る生徒たちは次第に増える。


 俺たちの横では、不良生徒どもが話している。


「どっちが勝つと思う?」

「そりゃ上井草に決まってんだろ」

「だよな」

「こればっかりはな、賭けになんねえよ」


 俺もそう思う。


 まつりに正々堂々のタイマン勝負を挑んで勝てる奴が居るとは思えない。


 案の定、勝負はすぐに付いた。


「ぐぁっ」


 男はやられた。


 地べたに這いつくばる男子生徒と、組み伏せるまつり。


「オレの負けっす」


 負けを認めた。あっさりと。


「そうね。でも、正々堂々挑んで来たのは評価するわ。風紀委員に入らない?」


 勧誘していた。


「いや……自分、今日、故郷に帰るっす」


「……そうか。そういや今日だったか。それで決闘なんて……」


「はい……」


 そして、まつりはしばらく黙り込んだ後、男を解放して立ち上がる。


「じゃあ、もう戻って来るんじゃないわよ」


 まつりは軽い調子で言うと、男子生徒に背を向けて歩き出した。


 男子生徒は立ち上がり、深く、深く、まつりの背中に頭を下げる。


「まつり姐さん。お世話になりました!」


「じゃあね」


 振り向かず、感情を込めないような声で言って、人垣を割りながら、坂を上っていった。


 その背中を、見送る男子生徒。


「ふぅ」


 男子生徒は天を仰ぎ、大きく息を吐く。吹っ切れたような顔で。そして、まつりの後を追うように、胸を張って歩き出した。坂を登って学校へ。おそらく学校に、最後の挨拶をしに行くのだろう。


 何だか、言いようのない感動をおぼえた。


「みどり……」


「何?」


「改めて思ったんだが、壮絶だな。お前の幼馴染」


「でも……良い子なんだよ」


 それは、ここ二日くらいで何となく理解できた。


 悪い奴ではない。ただ、規格外に不器用なだけなのだろう。自分では止まることのできない、出来損ないの風車みたいな。


 多くの生徒が登る坂道は、朝の陽射しを浴びて、光っていた。




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