笠原みどりの章_2-6
放課後。
俺は体育着に着替えて坂の下にある湖に向かう。
門を出たところで、笠原みどりは言った。
「あの、あたしはここで待ってますから。死なないように頑張って下さいね」
「そんな、大袈裟な。単に坂道を走るだけだろ」
「そうですけど……あの、突風とかありますから」
「なるほど、風を味方に付ければいいんだな」
「あと、これ、スニーカーです。昨日ウチに忘れて行ったでしょ? 革靴よりは走りやすいと思うから……」
みどりは、スニーカーを差し出して来た。
「おう、サンキュ」
それを受け取り、履いて、脱いで地面に転がった革靴をみどりが手に取った。
「この靴は、下駄箱に入れておきますね」
「ああ、頼む」
「……頑張って下さい」
「おう」
湖の前に着いた時には、既に二人の姿。制服姿の伊勢崎志夏と体育着姿の上井草まつりが待っていた。体育着の半袖の上着をまくり上げて肩を出す、若干不良っぽく見えるスタイルだ。
で、まつりの足元、アスファルトにチョークで白いラインが引かれている。
そこがスタート位置らしい。俺もすぐに位置につく。上井草まつりは右隣で座り、クラウチングスタートをする気満々だった。虎のごとく鋭い瞳で坂の上にある学校を見つめている。
「準備は良い?」と志夏。
「おう、いつでもいいぜ」
「あたしも」
一応俺も男だからな。女子に、かけっこで負けるわけにもいかん。とか思ってクラウチングスタートの構えをとった。つまり、本気を出すということである。
「位置について、よーい……」
腰を浮かす。
パンッ!
銃声。
よく運動会のスタートの時に鳴り響くような、火薬音だった。
地面を蹴って、二人、走り出す。
学校の上空には太陽。太陽に向かって走る形だ。
少し眩しい。
昔、街を車が走っていた頃の名残の掠れた中央線を挟んで、右側がまつり。左側が俺。それぞれのコース。
湖から坂の上の学校までは真っ直ぐな一本道。しかし、その長さは……けっこう長い。歩いて十分以上は掛かる距離だ。
しかも、商店街を抜けた辺りで坂が急勾配になるのだ。これはもう、女の子の体力では、走り切るなんて、とてもとても。
上井草まつりには悪いが、女子と男子の体力の差というものを見せ付けてやろうではないか。
「がんばってねー」
走り出した俺の背後から、志夏の声が聴こえてきた。