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笠原みどりの章_2-3

 さて、気を取り直して、今日も登校。


 と、寮の門を出た時――


「おはよう、戸部くん」


 おいおい、何だい、これは!


 女子が俺待ちしてた!


 何この、ハッピーシチュエーション!


 いや、待て。


 本当に俺待ちだったのか?


 別の男子、あるいは女子を待ってたのかもしれん。


「もう、遅いよ。待っててもなかなか出てきてくれないんだから」


 ちょっぴり理不尽に叱られた。幸せっ!


 本物っ!


「あぁ……おはよう、みどり」


 そして、何だか気恥ずかしい沈黙が流れる。


 道行く人が俺と彼女に一瞬だけ視線を向けて通り過ぎていく。


 はっ。こんな挨拶を交わしている場合ではなかった。


 昨日の事を、謝らなくては。


 みどりは俺のせいで父親に怒られたも同然だからな。


「昨日はごめん!」「昨日はごめんなさい!」


 同時だった。


「え?」「え?」


 ええと。


「…………」「…………」


「あのっ――」「あの――」


「…………」「…………」


 何この奇跡みたいなシンクロ。


「と、とりあえず、歩きながら話すか」


 遅刻しちまう。


 二日連続の遅刻なんてあり得ないからな。


「うん」


 みどりは、こくりと大きく頷いた。





 通学路。今日も今日とて風が強い。


 強風が、みどりの長めの髪を揺らしていた。何か、たまに髪がぶわっと広がって妖怪みたいになる瞬間があって、難儀そうにしていた。そんなんなるなら結べばいいのにな。


「はぁ……」


 急な坂道手前の、緩やかな坂道に並ぶ商店街で、溜息を吐いたみどり。


 笠原商店の前だった。


 起き始める前の商店街を歩く。


「みどりは、寮で暮らしてるのか?」


「ううん、お店の二階が、家なんだけど、そこから」


 何と。


 すると、わざわざ俺を迎えに寮の前まで?


 そんな事実を知ってしまった俺はもう、恋に落ちそうだぞ。


「あ、そういえば、戸部くん。昨日は遅刻だったよね」


「ああ。つい、な」


 昨日は、ついつい前の学校の時の習慣があふれ出してしまい、十五分前に寮を出たのだった。


 それじゃあ当然間に合わない。学校まで三十分はかかる。


 坂道ダッシュなんて拷問的な登校をする気はさらさら無い俺は、これからは時間に余裕を持って出ることにしよう。


 遅刻魔でサボり魔だった俺は、生まれ変わるのだ。


 更生して、この街から元の街に戻って、平和に暮らすんだ。


 そのためには、一日一日の積み重ねが大切なのは、もはや火を見るより明らか。初日はいきなり遅刻をしてしまったが、もうこれからは皆勤を目指すぜ。とにかく早々に教師陣に更生をアピールして、仲の良い友達でいっぱいの前の学校に戻りたい。いや、戻るんだ。


 朝ごはんが出てくるシステムだけテイクアウトできたら言うことないんだけどな。


「遅刻ばかりしてたら、この街から帰れなくなっちゃうからね」


 そうなのか。気を付けねば。


 と、その時みどりは何かに気付いたようにして言った。


「あ、戸部くん。ここがまつりちゃんの家だよ」


「え?」


 まつりって言うと、あの、昨日遅刻して来た自称風紀委員の女、上井草まつりのことか。要注意人物と評判の。


「ウチから三軒(のぼ)りがまつりちゃんの家で、昔からよく一緒に遊んだんだけど……最近はね」


 寂しそうに目を伏せて、言った


 おそらく、「(のぼ)り」とか「(くだ)り」というのは「隣」をわかりやすく言う言葉なのだろう。この街限定だとは思うが。坂だから、その言い方のほうが、わかりやすいかもしれない。


「昔から一緒に……ってことは、ずいぶん昔からこの街に居るのか? みどりは」


「うん。あたしは、この街で生まれて……。まつりちゃんもそうだし、この街で生まれた人も結構いるよ」


「そう……なのか。知らなかった」


 事前にパソコンで調べた時には、そんな人が居るとは想像もつかなかったな。てっきり、政府が何も無いところにゴミ箱つくったみたいな印象でしかなかったから。


 そうか、みどりも、まつりも、ずっと掃き溜めと呼ばれる『かざぐるまシティ』で生きて来たのか。


「うん。そうだよね。街の外から来た人には、わからないよね」


「ああ」


 しばらく無言で歩くと、急な坂道に差し掛かった。両側に風車が立ち並ぶ草原エリアがすぐそこに。


 ここまで来れば、学校はあと少しだ。


「みどり、昨日は、あの後、大丈夫だった?」


 父親に店の奥に連れて行かれて、何かされたのだろうか。叩かれてたりしたら謝らないとな。


「あぁ、はい、少し、痛かったですけど」


「それは、また何とも、ごめんな」


 俺は努めて優しくそう言った。


「いえ、こちらこそ! お茶を吹きかけてしまったなんて……最大級にごめんなさいです」


「いや、まぁ大丈夫。寒くなかったし」


「そういう問題なんですか」


「気にするナ!」


 親指を突き立ててみた。


 すると、みどりはフフフと笑って、


「おかしな人ですね、達矢さんって」


 おかしい、とは心外だが、まぁ悪い気はしなかった。


「みどりのお父さんは、こわい人?」


「いえ……でも、まだあたしを子供扱いするんです。こんなに大人なのに」


 淡く、困ったような顔で笑いながら、みどりは言った。


 そこで俺は言ってやる。


「だが……大人……っぽくはないぞ」


 十代の若々しいオーラバリバリだ。


「え」


「可愛い系だからな。みどりは」


「そんな……」


 ショックを受けているようだった。


 自分では大人らしいと思っていたらしい。


 ちょっと、申し訳ないことしたかなぁとは思うが、可愛いくて幼いって方で売り込んだ方がモテるよ絶対って感じの容姿だからな。




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