笠原みどりの章_1-4
授業中、俺は窓際の席に座り、窓の外の風景を見ていた。
巨大な風車が、時計回りに回転しているように見えた。キィキィという摩擦音を立てながら。
「くぉら、窓際最後尾!」
声がした。
俺は「え?」とか声を漏らしながら振り返ろうとしたのだが、
ベコォっと何かが直撃した。
「コメカミッ!」
思わず叫んだ。刺激が走った部位の名称を。
「転入初日で呆けるとは何事だ」
「すみません……」
教師はツカツカと向かってきて、俺の足の近くに落ちた白チョークを拾い上げると、戻っていった。
「クスクス」
ああ、嘲笑されちゃってる。俺嘲笑されちゃってる!
と、その時、ガラッと扉が開いて、
「げぇ。もう授業中か!」
またしても新キャラが登場した。
背の高い女だった。大遅刻だ。
もしや、これが志夏の言っていた要注意人物ってやつか?
「遅いぞ、上井草まつり!」
「ソーリーサー!」
テンション高いまま左手で敬礼していた。
何だろう、反省の色が感じられない。
「ふぅ……いいから席つけ、席」
「へーい」
上井草まつりという女は、あろうことか教師に対してバカにしたようなふざけた返事をして、廊下側の席に座った。
廊下側にあった縦に並んだ二つの空席のうちの後ろの席。
そして、その後は一応真面目に授業を受けているようだった。
休み時間になった。
俺は、授業中と同じように、窓の外に見える回転風車を眺めていた。
規則的な回転は、何となく飽きない。単調なので眠くはなるが。
で、眠気が限界を迎え、机に突っ伏して、まどろみかけたその時、声が聴こえてきた。
「なに、志夏、何か用?」
上井草まつりとかいう遅刻女の声。何の話をするのか、少し気になったが、まぁ、とりあえず眠いのでもう一度、まどろもうと試みる。
「上井草さん。また遅刻? 毎度のことながら呆れさせられるわ」
級長らしく、注意していた。
「やっはぁ、ごめん志夏。次から気をつける」
「毎回その言葉聞いてる気がする。でも、まぁいいわ。それよりも、今日転入生が来たわよ。挨拶したら?」
俺の話。気になって覚醒してしまったではないか。
だが、話によるとあの女は要注意人物。あまり関わり合いにならない方が良いかもしれない。そこで俺は、たぬき寝入り作戦を選択した。
「ほう、どれどれ? お、あの窓際最後尾で机に突っ伏してる子だね」
その言葉の後に、足音と、大きな気配を感じた。
んで大きく息を吸い込む音が聴こえたと思ったら、
「ヘイ!」
耳元で大声ェっ?
俺はビクっと体を震わせた後に勢いよく起き上がった。
後頭部に何かがぶつかった。
あぅあ……耳が、耳がキーンっていってる……。
そして後頭部も痛い。
見上げると、ぼやけた視界の中で、美人が「いったたた……」とか言いながら鼻を押さえて悶えてた。美女が台無しだった。
「あ、すまん。大丈夫か?」
どうやら、先刻の後頭部へのダメージは、上井草まつりの顔面への頭突きとなったようだった。
「てめぇ、いきなり頭突きかよ」
「だから、謝ってるだろうが」
俺は左耳を抑えながら言った。鼓膜とか破れて……ないようだ。左耳抑えててもちゃんと音拾えるみたいだからな。右鼓膜の危機は去った。
「まぁ、いいか。あたしはこのクラスの風紀委員。上井草まつり。よろしくぅ!」
いい笑顔で言った。
「風紀委員? なのに遅刻なのか? ダメじゃないか」
「いきなり初対面の人間にダメとか言うな。このダメ人間」
矛盾してる。初対面の俺にダメって言ってる。
「ていうか、初対面で耳元で大声はやめておけ」
「あたしは頭突きされた。痛かった」
「お前が大声出さなければ何の問題も無い出会いだったんだ」
「屁理屈を」
どこらへんで屁理屈をこねたと言うんだ。
極めて真っ当なことを言ったぞ、俺は。
「まぁ……いい。俺は戸部達矢だ」
自己紹介した。
「よろしく、達矢」
いきなり呼び捨てかい。
「ああ、よろしく、まつり」
すると、まつりはニヤリと笑い、
「よぅし! それじゃあキミは我が三年二組の仲間だ! 大丈夫。おかしなことをしなければすぐに馴染めるわよ!」
それが風紀委員、上井草まつりとの出会いだった。