笠原みどりの章_1-3
チャイムが鳴った。授業が終了し、休み時間になったのだ。
ちなみに、授業内容に関しては聞かないで頂こう。頭の悪い俺には、さっぱり理解できなかったから。
と、その時である!
「あの、戸部くん……」
あの女の子の声。思わず素早く立ち上がる俺。
「何でしょう」
「お、面白かったよ。自己紹介」
嘘っぽい。笠原みどりの言葉、嘘っぽい。目を逸らしながら言ってるところとか、すごい嘘っぽい。
「いや、そんな気を遣ってもらわなくても」
「センスの良い扇子が潜水って、『せんす』って三回言ってるんだよね。すごいよ」
「やめてくれ……イジメないでくれ……」
もう忘れたい記憶なんだ、それは。
「え? え? そんな。そんなつもりは……」
「俺は繊細なんだ」
「長生きだね」
「ああ、そうだな……――って字が違うよっ」
千歳じゃないよ! 繊細だよ!
「え?」
首を傾げてらっしゃる! 何故っ!
「いや、何でもないです……」
何にしても、ノリツッコミ、不発。
ダメだ。今日は何もかもが調子悪い。俺の力はこんなもんでは無いはずだ。
「……あの、あたしの名前、憶えてくれた?」
「ん? ああ。笠原みどり、だろ?」
「そう」
嬉しそうに頷いた。
「ありがとな。フォローしてくれようとしてくれて」
「そんな、フォローだなんて」
いや、明らかにフォローしに来ただろ。
そしてみどりは、少しの沈黙の後、思いついたように顔を上げて、
「……あ、そういえば、上履きを渡した時さ、職員室の場所案内し忘れてしまったんだけど、迷わなかったですか?」
「いいや、迷った。超迷ったね!」
仕返しとばかりに、俺は言った。いや別に、仕返しするようなことをされたわけでもないのだが。
「ご、ごめんなさい……すみません……申し訳ありません……」
だんだん小さくなる声で、三重に謝られた。
「あっ、いやぁ……そんなに謝らなくても……」
逆に恐縮してしまう。
「え、でも……」
「いいから。許すから」
「ありがとう」
スマイル。
どうもペースが乱される。強敵かもしれない。
と、その時だった。
「ちょっといいかしら」
知らないキャラ登場。
「あ、級長……」とみどり。
級長だぁ?
「戸部達矢くん。私は、伊勢崎志夏。このクラスの級長なの。よろしくね」
髪の短い美女であった。
「はぁ、どうも。何て呼べばいい?」
「志夏、でいいわ」
「そうか。それで、志夏、何か用かい?」
「級長は妖怪じゃないよ。ね?」
みどりは言った。
「ええ。私は妖怪ではないわ」
何なの、こいつら。
「お、面白くなかったかな」
「ああ。残念ながら、そのネタはカビまみれだ」
ベタすぎだ。
「そう、ごめん……(ずーん)」
「ああっ、暗くなるなっての」
ずーん、と沈んでいる。
「いいの、あたしお笑いレベル低いから。皆に言われるから、大丈夫……」
俺のレベルと大差ないってことだな。
それは、何だか、救いだぜ。もしや、あえてつまんないことを言ってフォローしようとしてくれてるのかな。いやそれは考えすぎか。
「そ、それで、志夏。用件は?」
「ん? ああ、うん。用件……というかね、まぁ、何て言うか、この学校は、少し、何と言うか、おかしな生徒が多いから……ね」
なるほど。転校生がイジメの標的にならないように見守ろうというわけか。級長らしく面倒見が良いらしい。
「そんなに治安が悪いのか。このクラスは」
「ちょっとね、一部ね」
「まぁ、気を付けるよ。誰か要注意人物とか居るのか?」
「ええ。でも、まだ来てないわ」
「ほう、遅刻か。不良だな」
「根は良い子なんだけど、ちょっと、性格に難があるというか……素直じゃないというか……とにかく、困ったことがあったら、何でも私に相談してね」
「おう、わざわざサンクス」
「あ、それと、まだ初日だから笑いが取れないのは仕方ないわよ。それじゃあね」
伊勢崎志夏は笑顔で言うと、颯爽と教室を出て、廊下に出て行った。
励ましが、心に染み入る。
しかし、みどりが言った。
「う、うん。そうだよ。転校の挨拶でダジャレなんて言われても、どう反応すれば良いのかわからなかったよ」
グサリときた。根本的な間違いを指摘された。でも、それでも何だか、あたたかかった。ぬくもりみたいなものを感じたよ。
つまり、登校拒否しないで済みそうだ。