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紅野明日香の章_1-5

 この日の最後のチャイムが鳴った。


 放課後になったのだ。


 教師が既に帰りのホームルームを終わらせて職員室に去り、チャイムが鳴ったら帰って良いと言い残していた。


「ふぁ……あ」


 俺が大きく欠伸をすると、


「だらしない顔~」


 また紅野明日香だ。


 一体、何で俺にこんなに構ってくるんだ。そんなに腕を引っ張って連れて来たことを根に持っているんだろうか。そういやさっき屋上では呼び出しから逃げるみたいなことを言ってたからな。捕まえて連れて来た俺への復讐の時節を(うかが)っているのかもしれん。


 視線に気付いた紅野は「あたしの顔に何かついてる?」とか言って、顔をしかめた。


 可愛い顔が台無しだぜ。


「別に何も」


「まぁいいわ。あんた、寮よね。一緒に帰ろうよ」


「あぁ? 寮ったって、俺は男子寮だぞ。お前、男だったのか?」


「あんま下らないこと言ってると膝の皿割るよ?」


「リアルに痛そうなこと言わんで下さい」


「いい? 男子寮と女子寮は、隣り合って建ってるの。だから、同じ方向。わかる?」


「なるほど。納得した」


「さぁ、ほら、帰るわよ」


「ああ」


 二人で教室を後にして、階段を下り、四階から昇降口のある一階へ。


 そして、そこで靴を――――。


 靴を?


 靴が…………。


「ん? どうしたの、達矢」


「……靴がない」


 ゆえに履けない。


「あれ、でも下駄箱はあっちよ?」


「いや、朝、ここに脱ぎ捨てて、それっきり……」


 と、そこへ、一人の女が颯爽と現れた。


「ああ、そこにあった靴ね。それなら、さっきあたしが登校した時に焼却炉に投げ込んでおいたわ」


 風紀委員の上井草まつりだった。


 って、ちょっと待て。今上井草まつりは何と言った?


 焼却炉に? 投げ込んだ?


「何でっ!」


 力いっぱい訊くと、


「そりゃだって、下駄箱に靴入れないなんてルール違反っ! 風紀委員の仕事をしたまでよっ!」


「だからって、捨てることはねえだろ!」


「ちなみに、昼休みには焼却炉に入れたゴミは燃やされるから、もうあの靴は灰になってるだろうけど……何よ。文句ありげな顔してるわね。やるってんなら相手になるけど?」


 まつりは、腕をまくって拳法の構えみたいなポーズをした。


 俺は紳士っぽく「はっはは」と笑った。そして言うのだ。


「あいにく俺は、女子に暴力を振るうような安い男ではないぜ」


「それは、あたしに喧嘩売ってると捉えていいのかな?」


「えぇ? 何故に?」


「この男女平等の風潮の中で、今、キミは女性を差別する発言したよね。女子が男子に腕力で劣るという意味の発言をしたよね」


 何だこの面倒くさい女は。


「謝罪して訂正するなら今よ。さもないと、あたしはキミで血祭りを開催しなければならないわ」


 どうすべきだろうか。


 女子に屈するわけにはいかないとは思うが。


 いや、しかしいきなり風紀委員と問題を起こしても良いことは少ないだろう。


「すみません、風紀委員さん。以後気をつけます」


 俺は謝ることを選択した。


「ふふっ、わかればいいのよ。大丈夫、達矢ならすぐにこの学校に慣れるわ」


 勝ち誇った顔で言う上井草まつり。


「そうですか」


「ええ。それじゃあ、また明日」


 まつりは言って、大きな歩幅で颯爽と去っていった。


 それを見送ってすぐ、隣の紅野明日香は言う。


「気に入らんなぁ……」


 紅野明日香は、上井草まつりにマイナスの感情を抱いているらしかった。


 にしても、どうしようか。靴が無ければ、アスファルトを歩くのはきつい。もしもガラス片とかが落ちていたら筆舌に尽くしがたいレベルの痛いことになりかねない。


「仕方ない。こうなれば――」


「――他人の下駄箱から靴泥棒は許さないよ?」


「なっ!」


 心が、読まれただと……。


「やっぱりそういうことする気だったんだ。この不良っ! ちょっとそこで待ってなさい。私が何とかしてあげる」


「お、おう……」


 紅野明日香は、廊下を走り、階段を上って見えなくなった。


 で、すぐに、


「やっ、おまたせ」


 戻ってきた。


 その手には大人用の、割と大き目の革靴。俺のサイズよりも大きいやつだ。


「どうしたんだ、それ」


「先生に相談したら貸してくれた」


「そしたら、先生はどうやって帰るんだ?」


「ほんの短時間だけよ。先生が言うには、『麓の商店街のお店まで行って、上履きを受け取るついでに新しい靴も買って戻って来るべし』だってさ」


「あの急勾配(きゅうこうばい)でクソ長い坂を往復しろと? 憂鬱(ゆううつ)すぎるだろそんなの」


「まぁ、仕方ないんじゃない。私は風紀委員じゃないけど、ルール違反の代償としては安いものだと思うわよ」


「なぁ、紅野……先生の靴なんて借りなくていいからさ、紅野が……靴買ってきてくれない?」


「は? 私をパシらせようっての? いい度胸ね。親知らず抜くわよ?」


「痛い、それ痛い。たぶん」


「てか、元はと言えば、あんたがこんな所に靴ぬぎっぱにしてたのが悪いんでしょ? 自分の責任くらい果たしなさいよ」


「不良らしからぬ正論だ」


「不良じゃないっての」


 しかし、考えてみたら確かに、俺の責任のような気もする。仕方ないか。


「まぁ、じゃあ行ってくるぜ」


「私はここで待っててあげるわ」


 そんな恩着せがましく言われてもな。別に待っててくれなくても良いんだが。


「お店の名前は『笠原商店』だからねっ。わかった?」


「お、おう、わかった」


「いってらっしゃい」


 手を振る紅野。


「いってきます」


 軽く、手を振り返した。俺は彼女が借りて来てくれたブカブカの靴を履き、昇降口を出て、中庭に出た。中庭を越えて、門を出ると、急勾配の下り坂。顔を、強風が襲う。目がしばしばする。涙出そう。


 周囲にあるのは、下校する生徒の姿と、草原と、風車たち。背中を向けてギィギィ回転する風車並木が、山の稜線(りょうせん)に差し掛かった沈みかけの太陽の光を受けてオレンジ色に光っていた。




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