笠原みどりの章_1-2
さて、ちょいと迷って、職員室に辿り着いた。
「ふぅ……」
溜息、後、「よし」とか言いながら意を決する。
コンコン、とノックして、
「失礼します」
言いながら、扉を開けたところ、教師が居た。
「えっと、戸部達矢……だな? 今日転校の」
「はい。すみません。少し遅れました」
「そうか。道に迷いでもしたか?」
「はぁ、職員室を探すのに、少しだけ」
嘘ではない。どっちにしろ遅刻だったが。
「ま、初日だし、仕方ないな。笠原には、会ったか?」
「はい、上履きをもらいました」
「そうか。あ、ちょっと待ってろ」
教師は言うと、少し奥にあるデスクから教科書の束を手に取り、それを両腕に抱えながら戻って来た。
「じゃあこれから教室に行くからな」
「はい」
廊下を歩き出した。
教師から半歩遅れて歩く。
「そういえば戸部くん。笠原に会ったのなら、職員室への道は訊けばよかったじゃないか」
「はぁ、でも、質問する間もなく歩き去ってしまったので」
「そりゃまた何とも、笠原らしいな」
教師は苦笑した。
「笠原って子は、同じクラスですか?」
「気になるか?」
「はぁ、まぁ」
「可愛かったろう」
いきなり何を言い出すんだ、この教師は。
「……はい」
しかし、まぁ、こういうのは正直に答える主義だ。
「そうか。よかったな。同じクラスだよ」
バシン、と背中を叩かれた。
「いっっつぅ……」
痛かった。きっと手のアトが着いているに違いない。
「さ、着いたぞ。ここが、今日からお前が過ごす、教室だ」
引き戸の上部に取り付けられたプレートにあるのは、『三年二組』の文字。
廊下は教室から漏れてくる声で賑やかだった。
それで何となく安心した。というのも、やっぱり此処は風車の街だから、普通の学園生活が送れるとは思っていなかったから。だから、少なくとも、暗い雰囲気ではないことが俺に安心を与えるのだ。
何しろ、俺は賑やかな方が好きだからな。
「おっと、もうこんな時間だな。俺のすぐ後に続いて一緒に入って来い」
教師は、時計を確認しながら言った。俺は返事した。教師が引き戸を開けた。一瞬、ざわつきが大きくなって、すぐに静かになった。俺が教室に足を踏み入れたからだろうか。
「お前ら、席つけー席ー」
戻ったざわつき。そして、移動の音。後、静寂。
教師は、黒板に俺の名を刻みながら言った。
「さて、今日は、転校生が、来てます。じゃ、戸部くん。自己紹介をお願い」
チョークで白く汚れた手を叩きながら俺を見てきたので、俺は頷き、
「戸部達矢です」
至って真面目な挨拶から入った。
さて、ツカミは大事。どうボケようか……。
「はい拍手ー。終わりー」
「――ってそりゃないっ!」
これからって時にっ!
「何だ、どうした。時間が無いんだ。そしてお前が遅刻して来たから時間なくなったんだろうが」
おぉう、返す言葉が無い。
「でも一言くらい……」
「じゃあ、一言だけな」
「コホン。戸部達矢です――」
「はい終わりー」
「これからっ! これから言うところっ!」
「何だよ、時間ないって言ったろ、さっさとしろ」
「はい、すみません……」
やべぇ、なんかクスクス笑われてる。嘲笑を買っている。挽回しなくては!
「じゃ、テイク3な。はい、どうぞ」
教師がそう言ってすぐに、俺は放つ。面白い言葉を!
「ワゴン車とウコン茶って似てるよね」
「………………………………………………………………………………」
北極った!
皆が寒さに震えている!
皆が俺の目を見ようとしない!
挽回を……あったかいネタを。
そうだ、そうさ! 人間はスベってからが勝負!
「いやぁ、ごめんごめん。俺、ちょっとどっかにセンス落として来てしまったみたいなんだ。あぁ、ほら、この街には湖あるだろ。あそこで、昨日、な……センスの良い扇子を……潜水させちまってな」
「………………………………………………………………………………」
南極化!
極寒!
温暖化はどこ行った!
「気は済んだか?」と教師。
「はい。調子こいてすみませんでした……」
嗚呼、なんだこれ。皆が白い目で見てくる。もう登校拒否したい。転入したばっかだけど。
「さ、それじゃあ授業を始めるぞ。戸部。お前の席は一番後ろに空いてる席だ」
見ると、最後方には空席が二つあった。
窓際の席と、その隣の席。
「二つ空いてますけど」
「好きなほうに座れ。ほら、教科書」
教科書の束を押し付けるように手渡された。
立ち尽くして、考える。
ふむ。好きな方に座っていいか。ま、当然、窓際の方だよな。
そして少し歩いて、着席した。
と、その時、視線を感じた。右斜め前。教室中央あたりから。そちらを振り返ると、
「…………」
さっき会った女子。
笠原みどりが、顔だけを向けて、こちらを見ていた。
おお、俺と目を合わせてくれる人が居るなんて――とか思った瞬間逸らされたけど。
「…………」
ともあれ、自己紹介には失敗した。