幕間_03_閉店に追い込んだ話
ある日の帰り道。
風車並木の急な坂を下る二人、俺とまつり。
「なぁまつり。一つ教えて欲しいんだけど」
「何だよ」
「みどりの料理って、何であんなにマズイんだ?」
「生まれつきでしょ」
「そんなことって、あるのかよ」
「そんなん知るかよ」
「そうか……それにしても、あんなにマズイんじゃ、そのうち問題が起きそうだな」
「問題? 問題ならあったぞ」
「え? どんな?」
「店つぶしたからな」
「何だと……」
「昔、カオリの家の横の……えっと、だから花屋の横……あ、ちょうどこっから見えるな。ほら、あそこのシャッター閉じてるボロい建物あるだろ。いかにも廃墟チックな」
「ああ、あるな」
「あそこに、喫茶店があったんだけど、みどりはそこでバイトしてたんだよ。みどりはその頃から料理がドがつくほどヘタクソでヤバかったんだけど、みどりはあくまでウェイトレス。料理や飲み物を運ぶだけだったわけだ。だからマズい料理とかみどりが淹れるクソマズいコーヒーとかが店に出てくるわけじゃなかったし、それなりに賑わってたんだけど、ある日、マスターが風邪でダウンしちまった日があって、みどりは善意から頑張って店を開いたんだけど……」
「ってことはつまり、みどりの料理が出されたということか?」
「そういうこと」
「それで死者が出たと?」
「いや、病院が賑わったくらいで、死んじゃった人はいなかったけどね」
「でも病人が出たのか……おそろしいな……」
「それで、マスターが復帰した時には、店に来る人なんて誰もいなくて、あれだけ賑わってたのが嘘のように誰も行かなくなったんだよ。人通りは多いのに、誰も店に入っていかなかった」
「みどりのせいで?」
「そう、みどりのせいで」
「じゃあ、もしかして、今よりもっとすごかったのか?」
「んー、その頃のみどりの料理を食ったことないからわかんないけど、今と変わらないくらいらしいよ。友達が言うには」
「お前友達いたのかよ」
「しねぇえええ!」
どごーーーん!
俺の体は宙を舞い、そして頭から地面に落ちて、急な坂をゴロゴロと転がり、しばらく転がって止まり、すぐに立ち上がった。痛い。
「それで、どうしたんだ?」
俺は訊いた。
「ああ、それでだな、みどりはクビになった」
「そうなのか、じゃあ店はなんとか……」
「ならなかったんだよ。一度失われた信用がそう簡単に戻ってたまるかって話。一度広まった『ひどい味』という風評はなかなか払拭することはできなくて、ちょうどその頃に街の南に大きなショッピングセンターが完成してな、それでマスターの心が折れて、閉店したよ」
「それは……最低だな、みどり……」
「まぁ、悪気はなかったんだけどね。ひどいからね。実際」
「でも、そんなことがあったんじゃ、みどりにも心の傷とかできちまったんじゃないか?」
「そう、みどりに残った後遺症は……」
「後遺症は……?」
「メイド服やウェイトレス服を着ることができなくなったこと、だ」
「えっと……大したことねぇな」
「つまり、そこから導き出される結論は、だからあたしはみどりにモイストして良いんだよ、ということ」
「それは違うだろ」
「口答えするなぁ!」
どごーん!
また、俺は空を飛んだ。
空が青くて、雲が高速で流れていた。