上井草まつりの章_8-7
若山がキーボードを叩く音が響き渡っている。
まつりは、俺の姿に気付いて顔をしかめた。邪魔だということらしい。
しかし、俺はまつりが好きなので、大好きなので、まつりの近くに居るのだ。他に理由などない。
「はかどってますか?」
俺は若山に話しかけた。
「ああ、間もなく制御システムへのアクセス権を獲得できるところだ。妙に複雑な構造していたから難儀したがな」
何とかなりそうらしい。
「達矢、みどりには謝ったか?」とまつり。
「ああ。何とか許してもらえた」
「そうか。ならいい」
と、その時、
「――むむっ」
コンソールの前に座る若山は言って、まつりの方を見た。
「パスワード?」
「ああ。最後のパスワードだそうだ」
「最後はね、MATURI……まつり。つまり、あたしの名前だ」
「オーケー」
若山はキーボードを叩き、パスワードを入力した。
「殺伐としたパスワードだな」
「そろそろ怒るよ?」
「すみません……」
タンッと軽い調子の音を残し、若山のリズミカルなタイプ音が止んだ。
「お二人さん、出たぞ。制御システム」
「でかしたっ、若山!」
大きな声で、まつりは言った。
画面には、英語の文字列が並んでいて、英数字の羅列を直視できないくらいに頭の悪い俺が見たところで、何が何だかサッパリだ。あんなものをマトモに見たら気を失ってしまうに違いない。
「さて、項目は色々あるが、目的は風車を止めることじゃなく、街への電力の供給を止めるってことだったな」
「うん」
頷くまつり。
「風車の羽根の角度調整はオートのままでいいな。羽根の回転方向もそのままでオーケー」
「うん」
「電力供給方向……これだな。それで……供給の詳細を……と」
若山が操作して、画面が目まぐるしく変わっていく。
詳しいことはよくわからない。だが、それが、まつりの願望である「おやすみなさい計画」が実現に向かっている過程だということだけは、理解できた。
「で、電力会社へ送る方はそのまま。この街に供給してる電力をカット。いや待て」
「どうかした?」
「タイマーを設定する方が良いか?」
「すぐには止められないの?」
「できることはできるが、すぐ止めても大丈夫か? まだ避難していない住人もいるだろ?」
「そっか。考えてみれば、それは困るわね」
「さぁ、そいじゃ時間指定を」
「じゃあ……明日の夜……午後九時」
「何故、九時?」
俺が訊くと、
「良い子は寝る時間だからよ!」
小学生かい。
若山は「オーケー」と頷き、手を振り上げて、すぐさま振り下ろす。
タンッ。
若山がキーボードを叩く小気味良い音が響いた。