上井草まつりの章_8-3
朝食後。俺たちは湖に来ていた。
「あの人がそうなの?」
と、まつりが訊いた。
「ああ」
「ふーん」
思った通り、そこには釣りをしている男がいて俺たち二人の接近に気付いて、振り返ると、釣り道具を置いて立ち上がった。
「若山さーん」
俺は右手を振りながら近付く。
「おう、アブラハムじゃないか」
「それ、やめたんじゃなかったですか?」
「いや、すまん。ついクセでな」
「どんなクセですか」
「はっはは。それで、何か用か、こんな所で」
そして、俺は言う。
「実は……若山さんに手伝って欲しいことがあって」
「そうか。それは、後ろのお嬢ちゃんと関係することなのかな。仲人とか」
「なっ、何言ってるんですかっ」
「顔赤いぞ。達矢はいちいち冗談を真に受ける奴だな」
からかわれたらしい。
「そうですよ。冗談きついです」
と、その時、俺の肩に後ろから手が置かれた。思わず青ざめる俺。
「どういう、意味?」
まつりのおそろしい声が、耳元で。
「あ、えっと、いやぁ……」
「結婚するって言ったくせにぃい!」
どごーーーーん!
「言ったのお前だけーーー」
ばしゃーん!
俺は宙を舞い、湖に落ちた。しかしすぐに陸に戻る。
「まつり」
「何よ」
「痛い」
「知ってんだよ! そんなこと!」
そんないつもとさして変わらないやりとりを見た若山が苦笑いを浮かべつつ言う。
「……あー、その、お前らが異常な関係なのはよくわかったが、何の用だ」
「ほら、まつり、説明してやれ」
「何だい偉そうにぃいい!」
どごーーーん!
サッカーボールのごとく蹴られた。俺は空を飛び、湖の丸い方の小島にドサッと落ちた。痛い。
「それでですね……」とまつり。「えっと、若山さん、でしたっけ?」
「ああ。若山だ。お嬢ちゃん」
何事も無かったかのように会話してるし。何なの、あの暴力娘。
「実は、この町への電力の供給をストップしたいんです」
「そりゃまたどうして」
「おやすみなさい計画です」
それで伝わるものか。
「なるほど……風車を止めずに国へ電力を供給しつつ町への電気をカット。町全体を眠らせるために、おれの力が必要なわけだな」
何故か通じた!
さすがエリート! 若山さんエリート!
「それで、コンピュータを扱える頭の良い人を探しているのです」
「頭の良い人だと? ほほう」
気になる単語らしい。
そういや、若山さんと出会った時、自分が能力の高い人間であることを力説してたしな。
「というわけで協力してください。しないとは言わせません」
「お安い御用だ」
「本当に? じゃあ付いて来てよ。時間が無いから!」
交渉成立らしい。平和的に済んでよかった。
「達矢もさっさと来なさい! 何でそんな所にいんの? バカじゃないの?」
お前が蹴り飛ばしたんだろうがっ。
「へいへい」
俺は言いながら、湖を泳いで陸に戻った。
「遅いっ」
「尻に敷かれてんだな、達矢」
若山さんは言って、笑っていた。