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紅野明日香の章_1-4

 で、授業中。


「ねぇねぇ、達矢」


「何だ、またお前か」


 隣の席の紅野明日香が、授業中だというのに話しかけてきた。


「ねぇ、ちょっと……困ったことになったんだけど……」


「どうした、何だ、困ったことって」


「てか、あんたは何も困ってないの?」


「困る? 別に。その前に、今は授業中だぞ、私語は(つつし)め。教師のチョークが飛んでくるぞ」


 すると紅野は言うのだ。


「ねぇ、私、先生の言ってる事わからなくて授業についていけないんだけど」


「何だ、やはり不良らしく頭は悪いのか」


「不良じゃないし……」


 不良だろう。


 転校初日に遅刻して屋上に居るような奴が不良でなくて何だと言うんだ。


「教科書が無くて、何を言ってるんだかさっぱりで……。達矢は、教科書持ってる?」


「いや、全く」


 教科書が無いことに、今言われて気付いた。


「何で先生の言ってることわかるの?」


「いや、そもそも授業なんぞ聞いていないっ!」


「…………不良はあんたじゃないの」


「勉強なんて子守歌でしかないぜ」


 俺はカッコつけて言ってやった。


「何ていうか、最低」


 と、その時、


「こらぁ! 転校生二人! うるさいぞ!」


 ひゅーん。


 俺に向かって白チョークが飛んできた!


 何故俺に!


 おでこ直撃コースだ。


 どうやら、今日は俺の額が狙われているらしい。


 すでに、今日二度強打している。


 三度目の危機! 三度目の正直? 二度あることは三度ある?


 ていうか何度も言うが、何故俺なんだ。


 話しかけてきたのは紅野明日香だぞ!


「うおぁ!」


 ひゅぉあっ! ガンっ!


 何とかギリギリで避けて、教室後方のロッカーにぶつかったチョークは折れて地に落ちた。


「何だ、質問があるのなら聞いてやる。言ってみろ」


 教師は言った。


「特に無いです」


 と俺は返したが、


「――あるでしょうが!」


「あ、あるそうです」


「何だ、紅野。言ってみろ」


「あの、教科書が無いんですけど。どうすれば良いですか」


「ああぁ、そうか。そういえばそうだな。言うの忘れていた。教科書は、職員室に二人分届けられているはずだ。ちょっと待ってろ。今取ってきてやる」


「あ、あと、戸部達矢くんの上履きは……」


 おお、気が利くじゃないか。わざわざ俺が裸足なのを気にかけてくれるとは。


 思ったよりちゃんとした子なのかもしれない。


「何? 上履きは、昨日のうちに麓の商店街で受け取れと言ってあったろう」


 確かに、そう聞いた。寮のおっちゃんがそう言ってた。


 だが、俺がこの街に来たのは昨晩のことだ。夜。店は閉まってた。既に商店街はシャッターが下ろされていたし、上履きを手に入れることなんて、できるはずがなかった。


「仕方ないな。スリッパも持ってきてやるから、大人しく待っていろ」


「はい、すみません、先生!」


 教師が教室を出て行くと、すぐに教室はガヤガヤと喧騒に包まれた。


「ありがとな。紅野。わざわざ上履きのことまで」


「まぁね。子分の面倒くらいちゃんと見られるようにありたいわよね」


「そうだな……」


 って待て。今、子分とか言わなかったか?


 やっぱり俺は既に紅野の下に位置づけられてしまったのだろうか。


 この女。ちょっとくらい可愛いからって調子に乗りやがって。


 俺だって男だ。


 女子の子分なんてプライドが許さない。


 ここは一つ、叱ってやろうかどうしようか。しかし、そんなことを本気で考えはじめた時、


 ガララっ!


 引き戸が勢いよく開いて、教師が戻ってきたのか――と思い、紅野から目を逸らして戸の方に目をやると、


「はぁ、はぁっ、間に合った!」


 いや誰だ?


 背の高い女だった。


 ていうか、間に合ってねえぞ。大遅刻だ。


「先生まだ来て無ぇよな。な?」


 背の高い女は、まるで不良みたいな口調で、近くに居た女子に訊いた。


「もう授業中だよ、まつりさん」


「うっそ。あたしのダッシュ実らず?」


「そ、そうね……」


 女子は、まつりという女からさりげなく距離を取った。まるで逃げるように。


「あぁあ……あたしの体力返せぇぇ!」


 遅刻しておいて、何を言っているんだ、あの女。


 と、その女に接近したのは、


「上井草さん、風紀委員なのに遅刻ってどういうこと。毎度のことながら呆れさせられるわ」


 先刻、話しかけてきた優しい級長だった。


 って、あれが噂の風紀委員だというのか。遅刻してやって来て悪びれる様子もない。


 やはり不良か?


「やはは、ごめんごめん、志夏。次から気をつけるからさ」


「まぁいいわ。それよりも、今日転入生が来たわよ。挨拶したら?」


 女は小声で「へぇ、どれどれ……」と言いながら教室をひとしきり見渡した後に「お、あの窓際の二人だな」と言うと、俺と紅野の方に近づいてきた。


 大きな歩幅でツカツカと。


 そして立ち止まり、ほの寂しい胸を張り、その胸に右手を当てて言うのだ。


「あたしは、この学校の風紀委員。上井草まつり。よろしくっ!」


 いい笑顔で。親指を立てながら。


 そこで、俺と紅野明日香も立ち上がり、


「戸部達矢です。よろしく」


「紅野明日香です」


 名乗った。


「ほうほうほう、明日香に達矢ね……下の名前で呼んでいい?」


「どうぞお好きに」


 と紅野。


「まぁ、構わないぜ」


 俺は言った。


「よぅし、それじゃあ二人は我が三年二組の仲間だっ! 大丈夫、おかしなことをしなければすぐに馴染めるわよ!」


 それが、自称風紀委員、上井草まつりとの出会いだった。


 そして、ガララ、と引き戸が開いて、


「戸部、紅野。教科書とスリッパを持って来た。前に取りに来い。あと上井草、また遅刻か」


「はい! 余裕で遅刻っす!」


 いい返事だった。


 俺は、教科書たちを抱えた後、スリッパを履いた。


「ありがとうございました」


 俺は教師に言う。


「ん、ああ。明日には、ちゃんと上履きを受け取っておけよ」


「はい」


「よし! それじゃあ授業を続けるぞ。席つけ席~」


 ガタガタとクラスの皆が移動し、先刻までの喧騒が嘘のように静まり返った。不良ばかりの学校とは思えない優等生ぶりだ。もしかしたら、俺や紅野明日香も、この学校で少し学べば品行方正になれるのかもしれない。何せプチ不良が更生のために飛ばされて来るような街だからな。


 しかしその時、


「……気に入らないわね」


 席に着いた紅野明日香は突然言った。


「何がだ」


「色々」


「そうかい」


 まぁ、深く詮索しないでおこう。


 どうせ紅野にとって、世の中は気に入らないことだらけなんだろう。


 そのくらいのことは想像できる。


「で、えーと、どこまで説明したかな……」


 そして、授業が再開される。


 真新しい教科書を開いた。




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