上井草まつりの章_8-2
朝食の最中に、まつりは言った。
「今日から風車の解体作業を始めるわよ」
「そうか、頑張れよ」
「何他人事みたいにして言ってるんだ。お前がやるんだよ」
手伝うとかじゃなくて、俺に危険な作業をやらせる気らしい。
「なぁ、まつり。風車を解体する以外の選択肢は無いのか?」
「まぁ、コンピュータ関連……電化製品関連に詳しい人が居れば話は別だけど、そんな人いないから」
「あれ? まつりのじいちゃんは協力してくれないのか? 電気屋やってるんだろ」
「そうだなぁ。まぁ、お客なんて全然来ないし、じいちゃんちょっとボケ気味だから」
「そうなのか」
「日常生活には支障ないんだけど、少しね」
まつりはそう言った後、ハッと何かを思い出したような顔した後、顔の前で手を振りつつ、
「あ、いや、違うわ。それ以前に昨日のうちに避難させちゃったんだった」
もう避難が始まっているらしい。
「親は?」
「両親とも、ずいぶん前に家を出てった。どこに居るんだかも不明」
「そうなのか……」
「おい、暗くなるな」
「そうは言ってもな。つまり、だ。お前一人取り残されたっていうか、捨てられたんだろ?」
「はっきり言いすぎだぁあ!」
ばこっ!
グーで軽く殴られた。
ちなみに、常人なら二メートル吹っ飛んでいるくらいの打撃だが、俺だから椅子に座ったまま受けられるのだ。つくづく異常な女が目の前にいて、つくづく異常な自分の体がある。非現実的すぎて何だか悲しい。
「捨てられたショックで、暴力を振るうようになってしまったわけだな」
「あたしがいつ暴力振るった!」
ばこっ!
痛いっ。
「今、今振るった!」
するとまつりは、自分の拳を見つめた後、俺の顔を見て珍しく申し訳無さそうな顔をした。
「まぁ、今のは暴力って程でもなかったがな」
フォローしてみた。
「……で、達矢。何の話だったっけ?」
殴られるとすぐに会話が途切れるのが彼女と一緒に居る時の面倒なポイントだぜ。直前まで話していた内容すら忘れてしまうことがある。会話より、殴るのメインなんじゃないかと思うこともあるほどだ。
「風車を解体せずに止める方法」俺は言った。
「ああ、そうか。えーとね……風車によって発電された電気は、地下のケーブルを通って街の隅々にまで送られるの」
「ほうほう」
「実は電力会社に電気を送電したりしてるから、風車を止めると国に大打撃だったりするんだけど、避難勧告とか、なんか腹立つから電気止めてやろうと思って」
それが、おやすみなさい計画の裏の目的なのだろうか。
「一種のテロみたいなもんじゃないか」
「……確かに」
「だが、それはさすがにヤバイと思うぜ。何より、この町の外の民衆にも迷惑が掛かるってことだろう」
「……あ、ホントだ」
「いや、もしかして、気付いてなかった?」
「ちょっと、周りが見えなくなってたかも」
「お前、周り見えてたことあんの?」
「ないけど」
「だよな」
そして興奮気味に、まつりは言った。
「でも、じゃあ、おやすみなさい計画はどうなるの!」
ごはんつぶ、飛び散る。
「待て待て、落ち着け。ごはんつぶ飛ばすな」
「だって!」
「要するに、電力会社に電気を供給しながら、街を真っ暗にすれば良いということだな」
「そうね……風車を止めちゃダメだから、風車さん達を休ませてあげることはできないけど、仕方ないか……」
風車さん……だと。何か可愛いんだが……。
そこで、俺の可愛い子センサーが反応した!
「お前さ、もしかして、この街にある風車一つ一つに名前つけてたりしない?」
すると上井草まつりは沈黙した。やはり、名付けているらしい。
「教室から見える一番でかい風車は何て名前なの?」
「……のむら」
「シブイ名前っすね」
俺は毎日のように、のむらの回転を眺めていたわけか。
「そんなことよりっ! どうすればいいのよ!」
まぁ、そうだな……。
「コンピュータの設定を変えて、街に電力を送らないようにすれば良いんじゃないか?」
普通に考えればそうなるだろう。
「でも、達矢さ。コンピュータ詳しいの?」
「まず間違いなく、まつりの方が詳しいだろうな」
「あたしだって、全然だよ」
「だが、コンピュータに詳しい人間に心当たりが無いことも無い」
「ほう、要するにあるんだな達矢。どうすればいいんだ?」
急にウキウキし始めた。
「これ食ったら、その人に会いに行こうか」
「じゃあ早く食えっ!」
「ちなみに学校はサボるぞ」
「ん? ああ平気平気。志夏に言ってあるし、それに今日の午前から避難開始だから授業もう無いよ」
「……初耳だぞ」
「どの道、お前はあたしの手伝いじゃん? だから別に言う必要ないと思って」
「そうですか……」
何でも、勝手に決めるんだな。