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上井草まつりの章_8-1

 朝、目覚めると、寝るときの服装まで制服姿のまつりはまだ布団の中で眠っていた。


 横向きに、左腕を下にして、体を丸めて。


 正確に言えば、布団から多少はみ出してしまっているが、それがまつりらしくて微笑ましくもある。ちなみに彼女が着ている制服はパジャマ用の制服なのだそうだ。同じ服を何着も持っているらしく、制服以外は絶対に着ないと言っていた。不思議な女である。


 ああ、それと当然だが俺が寝てたのは畳の上である。と言っても全く眠れなかったが。


 つまり本当に俺の部屋にまつりが住んでるという異常な状況。


 俺はドキドキして全く眠れない夜を過ごした。一緒の布団になど寝られるわけがない。しかも、眠ってるまつりは可愛いから反則だ。出会ったときは見た目通りに美人系かと思ったが、知っていけば案外可愛い系で、思っていたよりもずっと暴力的で異常者だった。


ただ、それでも「好きだ」っていう事実は、もしかすると俺が結構な変態であることの裏づけになってしまうのではないか。それを危惧しながらも、ずっと寝顔を眺めていた。


「はぁ……可愛いな、しかし……」


 黙って眠ってりゃ本気で美しく、且つ可愛いんだがな。


 昨晩、眠る前にまつりが笑顔で言った「おやすみなさい」が妙に印象的で、頭の中に残っている。本当に嬉しそうに言ったんだ。幸せそうに。


「おやすみなさい計画ねぇ……」


 風車を解体する計画か。正直、無理だろうと思う。大掛かりな機材も無く、かなりの危険が伴うから。それでもまつりが「やる」と言ったらやらねばならない。


 上井草まつりが黒いと言えば白猫も黒くなるのだ。上井草まつりが授業中止して野球すると言えば授業だって中止なのだ。まつり自体が権力で、まつりに逆らうことのできる人間など、この街には存在しないだろう。


 だが。だがしかし。


 みどり曰く、まつりは精神的に脆いんだそうだ。手首を切ったこともあるらしい。


 気候が、まだそれほど暑くなくて風も強いのでいつも長袖制服を着ているから、その傷跡を見たことはない。


「くー、くー」


 まつりは、寝息を立てている。


 手首。ちょっと、見てみようか。いや、でも隠してる可能性も。


 とはいえ……なんか気になるよな。モヤモヤするっていうか。


 俺はまつりのことが好きで、そんな事実があったくらいで嫌いになるくらいならぶっ飛ばされまくった時点で嫌いになってる。だから、どんなに壮絶な過去があっても、どんなに壮絶な傷があっても嫌いにはならない。絶対に。その辺は大いに自信があるが、問題は、まつりの気持ちだ。


 まつりが俺に過去の自分の傷を見せてもいいくらいに俺を好きでいてくれているのか。


 これは、はっきり言って自信が無い。


 しかし……まつりと一緒に居る以上は、いつかは絶対に向き合わなくてはならないことだろう。こっそり盗み見るっていうのは男らしくないかもしれんが、気になってしまったんだ。この衝動を抑えるのは難しい。


 どうするか。


 しばらく考え込み、決めた。


「そうだよな。それしかないよな、やっぱ」


 朝から傷跡なんて見ても楽しい気分にならないし。


 ましてまつりに内緒で盗み見るなんて畏れ多いことできるわけがない!


 迷う事はない。


 ――エリ立て一択だろ!


 俺は、体を丸めて眠るまつりの背中についてるパジャマ用制服のエリを素早い動作で立ててみせた。


 ぴきーん!


 エリ立て完了!


 やっべぇ、写真撮りてぇ……。


 エリ立ってるときのまつりちゃん可愛い! しかも寝顔っ!


 何という、いとおしさ!


 抱きしめたくなった!


「んっ……」


 しかし抱きしめたい思いが衝動になる前に、まつりが起きた。


 エリを立てたまま起き上がり、座ったまま大きく伸びをした。


「ん……っぅう……おはよう、達矢」


「おはよう。まつり。今日も可愛いね」


「しねっ」


 ええええ?


「可愛くないね」


「何だと?」


 いやいやいや、そりゃ可愛いって言って「死ね」とか返ってきたら可愛くないだろう!


「まぁ良いや。顔洗ってくる」


「ほっ」


 俺は安堵の息を吐いた。朝から殴られるのは嫌だからな。


 が、まつりが洗面所に消えた二秒後、


「なんであたしのエリが立ってんだぁあ!」


 ぼこーーーん。


 俺は宙を舞った。


「エリ立てサイコー!」


 ドサッ。


 爽やかな朝だった。



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