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上井草まつりの章_7-8

 放課後。


 二人で帰ることになった。


 さっきからずっと無言のまつり。昼休みのこともあり、機嫌が悪そうだ。


 だが、いつも機嫌が悪いっぽい顔つきしてるので、なんかもうどっちでも良いよ。


 ちなみに、記憶によれば、まつりは掃除当番だったはずだが、どうせまた風紀委員だからという魔法のような言い訳を唱えてサボったのだろう。


 まったく、不良である。とんでもない不良である。救いようのない不良娘である。ごめんなさい、嘘です殴らないで下さい。


「何かよからぬこと考えてるだろぉお!」


 ばこーーーーん!


「心が読まれたぁ!」


 ドサッ。すぐに立ち上がる。


 なんか、ぶん殴られるのが当り前みたいになりつつあるんだけど、何この異常な状況。頭を抱えたい。


 で、立ち上がった俺に、まつりは言う。


「あぁ、そういえば、さっきの話だけど」


 さっきの話というと、俺の浮気疑惑の話かっ!


「そんなものを蒸し返してまた殴る気かぁ!」


「違うわぁあ!」


 どかーーーん!


「結局なぐられたー!」


 ドサッ。すぐに立ち上がる。


「浮気の話じゃないなら、何の話だ、まつり」


「ほら、あれだ。前に達矢が教えてくれた避難勧告のこと」


「あぁ……街の南側に不発弾が埋まってるっていう話か」


 頷きながら、「そう」と言うまつり。


「それがどうした」


「さっき話きいてなかったのかぁあ!」


 ばこーーーん!


「いたーい」


 ドサッ。すぐに立ち上がる。


「そう。あたしたちは避難勧告に応じて、この街から出て行く」


「何事もなかったかのように話を続けるな。俺は痛かったぞ」


「どう思う? 達矢」


「何がだ」


「あたしの話をきけぇえええ!」


 どごーーーーん!


「もうやめてー」


 ドサッ。すぐに立ち上がる。


「ほう、避難勧告に応じるのか。それは大きな決断だったんじゃないのか」


「そうだね、あたしとかみどりみたいに、この街で生まれ、育った人にとっては、大きな問題」


「ていうか、そういう大きな問題を、お前とか志夏とかが決定して良いのか?」


「だって、あたし、実質この街の長だし」


「番長だもんな」


「そういう意味じゃなぁああい!」


 どかーーーん!


「じゃあどういう意味だぁあ!」


 ドサッ。すぐに立ち上がる。


「実はね、おじいちゃんが村長……じゃなかった。町長なの。だけど最近ね、ウチのおじいちゃんの調子が悪くて、代行としてあたしが町長ってことになってるの。と言っても、町長らしいことなんて何もできなくて、志夏に任せっ切りなんだけどね」


「まつりが村長で、志夏は村長の意思を尊重したわけだな」


「ダジャレは死ねぇええええ!」


 どかーーーーん!


「ごめんなさーい!」


 ドサッ。すぐに立ち上がる。


「だいたい、村長じゃなくて町長だっての。昔は村だったけど、今は町だからな」


「で、何の話だっけ」


「もうそろそろ、潮時かなって思ってたし、ちょうどいい機会だと思ってね」


「……何の話?」


「だから、街の皆でこの街を出ようって話」


「潮時っていうのは」


「あたしだって、それなりに無理してるってことよ」


 何を言ってるんだか、ちょっとわからんのだが、それを気にせずまつりは言う。


「たとえば、ほら、以前達矢が無理矢理コーヒー飲まそうとしたことあったでしょ?」


「そんなことあったっけ?」


「憶えてろよ、バカ野郎!」


「すまん」


 珍しく殴られなかった。


「コーヒーはね、今でも苦手なの。苦手ではあるんだけど、飲めなくはない。昔は飲めなかったんだけどね」


「つまり、何が言いたいんだ?」


「ものわかり悪いなぁ。だから、あたしだって、成長してるんだってば。体も、心だって。皆してあたしを甘やかすからなー。たまに嫌になるよ」


 晴天を仰ぎながら、彼女は言った。


「強くて弱い自分でいないといけないって思った。そうしないと、皆がどっかに行っちゃうような気がして、それが怖いし。今までの生活の中で、習慣として身についてしまった暴力的な行動が固定されてるみたいで、抜け出せなかった。でも、達矢のおかげで、抜け出せた」


 笑いながら、言った。


「抜け出せてねぇよ!」


「あはははは!」


 笑ってるっ。悪い子っ。でも可愛い。


「何かを変えたかったんだ。あたしは、変われる気がする。この街を出て、別の学校に行って。その時、やっと大きな悩みを解決したいんだ」


「今は解決できないのか?」


「たぶん、できない。まだ……ね」


「お前の悩みって、案外根が深そうだな」


「うん。町を出るまでは、変わり切れない気がするから……(ごにょごにょごにょ)」


 言いにくそうに、ごにょごにょしてる。いつもと違うまつりも新鮮で、好きだぜって思う。


「まぁ、何にしても、お前が決めたことになら、俺は何でも協力するぞ」


「マジ?」


「ああ」


「言ったね?」


「言った」


「じゃあ、あたしの計画を話すから、よく聴いてね」


「計画?」


「そう。名付けて……」


 そして、大きく息を吸って、まつりは言った。


「おやすみなさい計画!」


「ガキっぽいネーミングだな」


「くたばれぇえええ!」


 どごーーーん!


「ぐんなーいっ!」


 俺は夜の挨拶風の叫び声を上げて宙を舞った。


 ドサッ。すぐに起き上がる。


「やぁ、素晴らしいね、まつりサン、どんな計画なんだい? すばらしいネーミングだね」


「簡単に言うと、風車を解体する」


「え?」


 俺は近くにある風車を見上げた。五十メートル以上の高さがある風車を。


「これを、解体?」


「そう。全部。全部解体。風車を止めると、この街は電気がなくなる。完全に真っ暗な街になるでしょ」


 そうなのか。


「だが、それに、何の意味があるんだ?」


「言ったでしょ。おやすみなさい計画って」


「お前、その計画名、気に入ってんの?」


「悪いかぁああ!」


 どごーーん!


「ごめんなさーい」


 ドサッ。すぐに立ち上がる。


「それで、何で『おやすみなさい計画』なんだ?」


「街が、眠るの」


「はぁ」


「この街には、真夜中でも街灯とかがあって、完全な『夜』が無いから、一日だけでもそういう日があったらいいなって思ったの。思わない? 思うでしょ? 思うよね」


「ああ、思う」


 そう答えざるをえない。否定したら絶対に殴られるから。


 それにしても……街を眠らして「おやすみなさい計画」か。何だか可愛いな。だが、


「しかし、こんなでかい風車を解体するってのは、大変なもんだぞ。可能なのか?」


「まぁ、目的は街の電気を全て消すことだから、必ずしも解体する必要は無いんだけどね。でも、たぶん、解体が必要になると思う」


「三枚羽根の一枚でも何キロあると思ってるんだ」


「まぁ、30メートルくらい?」


「重さだよ!」


 長さじゃねえよ!


「ああ、何トンだろ」


「トンっ?」


「いざとなったら、達矢が手で解体してくれるはず」


「無理無理無理! できることとできないことがあるだろ」


「最初から無理って決め付けるな!」


「トン単位の物体を生身で安全に解体できる奴は人間じゃない!」


「まぁ、冗談だけど」


「よかった」


 ほっとした。こいつの冗談は、時々冗談に聞こえないからな。


「でもさ、何にしてもこの町の風車は、ずっと動き続けてきたんだ。そろそろ休みたいって、思ってるんじゃないかな」


「まつりがそう言うんなら、そうだろうな」


 そして、きっと本来の目的は、「風車を止めて休ませてあげたい」という方か。


「とにかく、やるわよ。おやすみなさい計画」


「本気なんだな」


「本気よ。手伝ってくれる人もいるし」


「お前に手を貸す人間なんて、どこにいるんだ?」


「…………」


 じっと見据えてきた。


「やっぱり俺?」


 しゃがみこんでみたが、視線は俺を追ってきて、


「当り前だろうが」


「好きになる子を間違えたぁ!」


「何ぃ?」


「いえ、何でも……」


「死ぬか手伝うか、どっちがいい?」


「脅迫! それ脅迫! それ犯罪!」


「あたしのこと好きだって言ったくせに!」


「あぁもう! わかったよ! 手伝えばいいんだろ!」


 するとまつりは片膝をつく俺に斜め上から見下ろすような視線を俺に向けつつ、腕組をしてほの寂しい胸を張って、


「ふん、わかればいいのよ」


 おやすみなさい計画が、始動した。




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