上井草まつりの章_7-5
昼休みになった。
それでようやく起きたまつり。セーラー服のエリが立っていた。
「おい、昼ご飯食べるぞ」
「構わないが、その前にトイレでも行って鏡見て来い。よだれ垂れててだらしないぞ」
本当はよだれなんて垂れてないけどな。
「ん、ああ。鏡な。鏡ならある」
言って、スカートのポケットから小さな鏡を取り出すまつり。
げぇ、しまった。予定が狂ったぞ。
まつりがトイレに行って鏡を見た時にようやく気付いて、俺はまつりがトイレ行ってる隙に逃げ出す予定だったのだが。
「……何であたし、エリ立ってるの?」
「お、俺じゃないぞ」
「他に誰がやんのよ」
「……俺です、ごめんなさい」
「まぁ、良いか。別にこんくらい」
エリを正しながら言った。
おお、寝ている間に心が広くなったのだろうか。ここで豆知識を披露する風に語ってみよう。
「セーラー服のエリにはな、意味があるんだ」
「どんな」
「それを立てることによって、なんかステキな感じするだろ……」
終わりである。
「……達矢、言いたいことはそれだけか?」
「そうだ。細かいことはいらない。セーラー服のエリを立てているお前が可愛い。俺にはそれで十分なんだ」
「とりあえず死ねぇええ!」
どごーーん!
「なんでー」
ドサッ。しかしすぐに立ち上がる。
「何でお前は、エリを立てることで船乗りが甲板上で聞き取りにくい音を集めるためだって説を言わないの! その他にも諸説あるでしょ!」
まつりは言った。だが俺は言うのだ。
「そんなことのために、俺はエリを立てない!」
「アホかぁあ!」
ばこーーーーん!
「いたいー」
ドサッ。立ち上がる。
「俺は、どちらかと言えば、エリを立てたまつりの方が好きだ」
「そ、そう……ありがと……とか言うと思ったかぁああ!」
ずごーーーん!
「あいやー」
ドサッ。立ち上がる。
「お前、俺を殴りたいだけだろ……」
「うん」
「うんって……」
「だって愛だし」
「屈折しすぎっ!」
「光だって屈折するだろうがぁああ!」
どかーーーん!
「意味わからーーん」
ドサッ。立ち上がる。
「ツンデレって苦労しない?」
「いつデレたぁああ!」
どごーーーーん!
「ツンギレでしたぁあ!」
ドサッ。立ち上がる。
「ほら、まつり。バカなことやっていないで昼飯を食いに行くぞっ」
言いながら俺はまつりの背後に回り、いそいそとまつりのセーラー服のエリを立てた。
「バカはお前だぁあ!」
ばごーーーーん!
「もう許してー」
ドサリと落ちた俺を尻目に、まつりは言う。
「さて、じゃあ皆でご飯を食べよう」
そして、まつりはヨロヨロと立ち上がりながら、なんとか「おう、そうだな」と返事した俺に言った。
「お前、ちょっと行って買って来いよ!」
「パシリっ?」
「なんか美味しいやつ買って来い」
「抽象的っ!」
「早く行けよ」
「横暴っ!」
「ゴチャゴチャ言ってないでさっさと行けぇえ!」
どかーーーん!
俺は宙を舞い、その勢いで廊下に出た。
そしてまつりの手で、ピシャンと引き戸が閉じられる。
「いってらっしゃい」
扉の向こうから、暴力女の声がした。