紅野明日香の章_1-3
授業が始まる前の時間。
「何見てるのよ」
新しく決まった自分の席に座って、窓の外の風景を見ていたところ、話しかけられた。
「窓の外」
答える。
窓の外では、大きな風車が羽根を回転させていた。
「嘘、視線を感じた。私の横顔見てたでしょ? 何で?」
「お前の顔見ても面白くねえっての。回転を続ける珍しい巨大風車を見てた方がずっとエキサイティングだ」
「ふん、確かに、あんた風車とか好きそうよね」
鼻で笑うなよ。折角そこそこ可愛いのに。
と、その時、
「あの、二人とも、少しいいかしら」
女子の声がした。
見上げると、髪の短い美人が立っていた。
「私は、伊勢崎志夏。このクラスの級長なの。よろしくね」
「級長って、あれね。委員長みたいなやつね」
と紅野。
委員長みたい……というか、学級委員とほぼ同じ意味だ。
「で、その級長さんが俺たちに一体何の用だ?」
ん?
ちょっと待て、俺。何だ今の口調は。何で俺は不良の下っ端みたいなこと言ってるんだ。
「やめな、達矢」
そして何故コイツも不良の親玉みたいな口調なんだ。
すると志夏は驚いたような顔でこう言った。
「……お二人は知り合いなの?」
「いや、さっき屋上で初めて会ったんだが」
俺は事実を伝える。さっき屋上で蹴られたのが始めての出会いだ。
「そうなの? 何だか妙に息合ってるわね」
「そうなのよね。何だか初めて会ったって感じがしないのよ」
俺も初めて会った気はしなかったが、記憶を辿ってみても、紅野明日香に出会った記憶は無いので、初対面だろう。だが何となく紅野の横は居心地が良かった。
「そう……」
志夏は考え込むようにつぶやいた。
「それで、用件は?」
「いえ用件という程でもないし、二人はあまり心配しなくて良いみたいだけど、この学校は、少し、何と言うか、おかしな生徒が多いから……ね」
なるほど転校生がイジメの標的にならないように見守ろうというわけか。級長らしく面倒見が良いらしい。
「そんなに治安が悪いのか。このクラスは」
「ちょっとね、一部……ね」
「あ、それじゃあ私たちが風紀委員になって取り締まってあげようか?」
無理だ。
むしろ取り締まられる側じゃねえか。
遅刻するわ、他人の頭を踏み台にするわ、走っている人間の足を引っ掛けて転ばすわ、他人の名前聞いて大笑いするわ。
そんな人間が風紀委員?
クラスが滅ぶぞ。
ていうか今「私たち」って言ったか?
ということは、つまり俺も含まれてるのか?
何で俺、既に子分みたいな扱いされてんの?
「風紀委員は、もう別に居るから」
と志夏。
「へぇ、どこどこ?」
紅野は、額に手を当てて、キョロキョロと周囲を見渡した。
「まだ、来てないみたいね」
何ぃ。つまり風紀委員のくせに遅刻してるってのか。自分の立場をわかっていないとんでもない不良だな。俺が言う事でもないんだろうが。
「根は良い子なんだけど、ちょっと、性格に難があるというか……素直じゃないというか……とにかく、困ったことがあったら、何でも私に相談してね」
「うん。わざわざありがとう」
微笑を浮かべて応える紅野明日香。
「それじゃあね」
伊勢崎志夏は、言うと、颯爽と廊下に出て行った。
「優しそうな人だったね」
何で俺に同意を求める。だがまぁ、
「この学校にもマトモな人間は居るってことだな」
俺は言った。
「そうね、私たちだけじゃなくね」
「お前、自分がマトモだとでも?」
「その言葉、そのままあんたに返すわ」
「…………」
「…………」