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飛古野みことの章_19(終)

 記憶。いや、記録を取り戻した。


 単なる記録でしかないから、私が志夏として生きることは、もうできない。歴史の年表だけがそこにあって、たとえば景色が脳裏に浮かんだりだとか、味やにおいや空気や痛みを思い出すことはできなかった。文字情報として引き出すことはできる、といった感じだろうか。それは少し寂しいなと私は思った。


 私がかつて志夏だったとわかったところで、一つだけ語らせてもらいたいことがある。


 それは、人間になって思ったこと。


 やっぱり今までとは違うということだった。


 町が丸ごと崩壊するという、信じられないことが起こった。それでも、町のみんなは諦めなかった。だから伊勢崎志夏は手を貸した。諦めない限り、貸しつづけた。


 人生は時に過酷だ。想像を絶するほどの過酷に打ち克つなんて、今の私という一人の人間には到底できない。これから先も、できるなんて思えない。だけど、きっとあの町の心優しい人たちは、逆境なんてチンケなものに屈したりしないんだろう。


 簡単に運命だとか言って受け入れることが賢い生き方なのかもしれないけれど、手を取り合って立ち向かうのだろう。諦めが悪い彼女たちが、すごく格好よくて、憧れを抱かされた。私は多分、変な意味じゃなく、あの町の人たちが好きなんだと思う。


 ――あの町を、元に戻す。


 いいや、少し違うのかな。それじゃ今までと変わらないから。


 だとすると、


 ――もとあった町よりも、さらに最高の町にする。


 これでいこう。


 そのために、必死にできることを探していく。


 そういう、格好悪くても諦めない精神が、この新しい風車の町には溢れていて、より善い明日を目指して走っていくんだ。駆け抜けた後にできる風は誰かの背中を押して、また一人、また一人と、走り出す人。そして生まれる数多の風が、大きな風車すらまわしていく。


 むかし、きっと私は思っていた。守りたいと思っていた。あんまりにもちっぽけな今の私が一つの風を生むことすらできない存在なのに、こんなことを言うと笑われるかもしれないけれど、私は、ついこの間まで、皆が暮らす町を、守れる力を欲しがっていたに違いない。もっと見ていたい。ずっと見ていたい。変わり続けていく、この場所を。町を守る風そのものでありつづけたいと。


 けれど、本当に強く思っていたんだろうと思うけど、それはもう、むかしの話。


 今は、どうだろう。


 人間というのは、自分の気持ちが、案外わからない生き物だ。だから、推測することしかできないけれど。今の私はきっと、風そのものではなくて、風を起こすことのできる存在になりたいんだと思う。それが理想だと、考えているんだと思う。


 たぶん、そう。


 だから。


 これから、人間、飛古野みことは、風を起こして颯爽と進んでいくんだ。


 私は私として私らしく。


 今、私の身体はここにあって、かけがえのない一生を懸命に生きている。


 そういえば、いつだったか、いつもにゃんにゃん言ってふざけてる誰かが言っていたな。


 ――今が一番しあわせで、一秒先も一番しあわせ。


 そうありたいと私も思う。


 目を閉じる。


 暗闇に浮かび上がるのは、バナナティーの湯気の前で微笑む明日香の姿。


 繰り返し見た夢で、何度も私に質問をぶつけてきた女の子。


「みこと、あなたが選ぶのは――」


 彼女の言葉を遮って即答する。


「私はバナナを選ぶわ」


 有限の、でも限りなく広がっていく、生命あるものを、選ぶわ。





【飛古野みことの章 終】



 これにて連載は終了となります。

 とても長い話にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

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