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飛古野みことの章_18

 さあ帰ろう。


 だんだんと赤みがかってきた平地を歩く。


 水平線に夕陽が沈んでも、まだ歩く。


 直射日光は無くなったけど、それでもまだ暑い。


 歩いても歩いても、なかなか辿り着かない。目的地は見えているのに、なかなか橋と車が近付いてこなくて、私が歩くのと等速で遠ざかっているのではないかと錯覚したくなるほどだった。空を飛んだりできたら良いのに。


 那美音さんの車に戻る頃には、もうすっかり真っ暗になってしまった


 空を見上げると、星空がきらきらだった。こぼれ落ちてきそうだというのは、月並み――お月さまは出ていないけど――な表現だと思うけど、まさにそれだった。ぼんやりとシルエットが浮かび上がる橋の向こうに明かりがあって、満天の星空とはいかないけれど、家の窓から見るより遥かに多くの宝玉がまたたいていた。


 足が棒になるかと思うくらい歩いて、ようやく柳瀬那美音さんの車に辿り着いた。


 乱暴な運転で送ってもらって、真夜中の帰宅を果たす。車を降りた時、夜中だというのにセミがギャースギャースとやかましかった。


 ありがとうございました、と頭を下げた時には、那美音カーはエンジンを残して走り去っていて、顔を上げた私の目には、ブレーキランプが三回ほど不自然に光ったのが見えた。


 ま・た・ねのサインだろうか。


 私はなんだかくすぐったい気持ちになりながら、緑の葉が不気味に揺れる建物へと入った。


「はぁ、疲れたぁ~」


 すぐに眠ろうと思って、一度はベッドに飛び込んだけれど、雨に打たれたり、汗にまみれたりしたことを思い出し、まずはシャワーを浴びようと思いなおす。


 べっとりと張り付いた服を全て脱ぎ捨て、勢いよく洗濯機に放り込み、全身が映る大きな鏡の前に立つ。


 ――と、不意に、声がした。


 近くからの声。頭に直接響く音ではない。くぐもっている。機械音?


『テステス』


 洗濯機の中か。


 私は、服を取り出し、ポケットに入れっぱなしだったボイスレコーダーを取り上げた。あぶなかった。せっかく貰ったものを、いくらも使わないうちに水責めにして壊してしまうところだった。


 音声は布の拘束を解かれて、とてもクリアになった。


『えーテステス、本日ハ晴天ナリ。んー、大丈夫かしら。大丈夫よね。ゴホン』


 この声、どこかで……。


「って、これ、私の声?」


 ペン型のボイスレコーダーらしきものには、私の声が入っていた。


「きもちわるっ」


 私は思わずそう言った。けれど、どうしてか、電源を切れなかった。停止ボタンを見つけたが、押すことはできなかった。ききたかった。私の声が、何を言うのかを。


 細長い筒についているスピーカーから漏れてくる音に注意して耳を傾ける。


 音量を上げた。


『このメッセージを聞いているということは、私の願いが叶えられたということだと思う。もう私はその場にはいないから、私が全身全霊でよろこぶことはできなくなっているはずだけど、もし、叶っていたら、うれしいって、今のうちから言っておく。


何を言っているか、もうわかるわよね。


あなたは私で、私はあなた。だけど、私とあなたには、一つ大きな、重大な、決定的な、違いがある。


そう、私は人間じゃなくて、あなたは人間だっていうこと』


「――人間?」


『そう、人間』声は、だんだんと震えながら、しかし、高く、力強なっていく。『わからなくなることで、新しく知ることを知りたい。新しくなることを、うれしく思いたい。人間が好きだなって本気で思いたい。だから私は――』


 私は、あなたで、あなたは、私で……。


「だったら、そうか。私は――」


 思い出した。記憶として思い出したわけじゃない。私が人間じゃなかったことを、記録として思い出した。無味乾燥な情報として思い出すことしかできなかった。


 そうだ。そもそも、私には、人間としての記憶が存在しないんだ。だから、過去の記憶が曖昧なのも当たり前だった。すべて、自分で勝手に付け足したものだったんだから。父の記憶も、母の記憶も、無いのは当たり前で、つくりもので。


 だって、私は。


 私は、神さまみたいな存在として、この町を守ろうとしていた。仮の姿で。人間に化けて。


 ――伊勢崎志夏。


 それが、私を表す五文字だった。


 ――級長にして寮長にして生徒会長。


 それが、私の肩書きだった。


 かつての名前と役職を、頭の中で繰り返してみる。とても懐かしくて、好ましい響きだと感じた。


 記録がよみがえってくる。町を守るための戦いの記録が。


 私は、今の私じゃない私は、きっと、考えたんだ。自分にとって理想は何なのかって。


 そして答えを出した。


『……人間になりたい』


 ――私は、人間になりたい。


 そのためには、人ではない自分そのものを封じ込める必要があったんだ。そして、それを行使した瞬間に、私が生まれた。


 願いは、叶ったんだ。


 皆と一緒がいい。同じ目線に立って、ともに歩いていきたい。


 そして何より、伊勢崎志夏が、どんな存在だったのかなんて、私は、ちゃんと記憶してないけれど。せめて、伊勢崎志夏という過去の自分に誇れるような人間に、そういう人間に、私はなりたい。




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