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飛古野みことの章_17

 ――わがままで、意地っ張りで、すぐに骨折るわよとか言うくらいに口が悪い。そんでもって、敵の弱点をほじくりまわすのが上手い。


 彼女の悪いところをそう評したのは達矢くんだっただろうか。だけど、私が接する限りでは、上記の欠点は認められなかった。多少せっかちなところがあるくらいで……だから、もしかしたら、これらの欠点は、達矢くんにだけ見せるものなのかもしれない。


 私としては、紅野明日香と話をするのが、とても新鮮で楽しかった。最高の洞窟ティーパーティだった。最初こそ緊張したものの、ふと気づけば随分前からの知り合いみたいに思えて、互いにリラックスして会話を弾ませていた。


「……それでね、夢の中の明日香は、私に言うの。バナナがいいですか? それともバナナですか? もしかしてこっちのバナナですか、って。結局全部バナナで、それ選択肢ないじゃんって思うわよね」


「それは確かに私が言いそうなことだけど……。でも、不思議ね。今までみこととは一度も会ったことないはずなのに、それなのに夢に出てくるなんて、本当に不思議」


「そうね。でも、不思議といったら、そういえば、私はもっと狭い洞窟に居たはずなんだけど、何がどうなって明日香のところに来たの?」


「ああ、そんなの簡単。島は、私の体の一部みたいなもの。ちょっと地下に潜ってもらえれば、洞窟から洞窟へのワープくらい楽勝よ」


「人間業じゃないわね」


「まあね。私、なんか選ばれた人間らしいし」


 島を動かしてしまうような女の子だ、というようなことを戸部達矢くんは言っていたけど、まさか何の比喩でもなくて、ただの事実だったとは。


「選ばれた人間、か……。でも、何だか少し…………」


 その後の言葉に詰まった。


 可哀想。部屋の様子から考えるに、ずっと一人きりで、この場所にいるのだろうから。そう思ったけれど、これを言ってしまったら、彼女を傷つけてしまうんじゃないかと思ったのだ。


 だけど、言いかけてやめてしまったら、かえって気まずくなるのかもしれない。


 行くも戻るも選択しづらい状況だった。


 けれど、選ばなくてはいけない。たとえそれが、相手を傷つける言葉であっても。


「寂しく、ない?」


 そうしたら、彼女は笑った。予想外だった。


 だけど、その笑いは、面白かったり、楽しかったり、嬉しかったりする笑いとは少し違っているように見えた。楽しく、面白く、嬉しい気持ちになりたいがためにする笑いで、つまり、それは、不満とか、悲しさとかが、滲んでいるような……。


「ご、ごめんなさい」すぐさま私は謝った。


「ん? え、何が」


「…………」


 お互いにしばし沈黙し、次の言葉を探しているようだった。次に声を見つけ出したのは、紅野明日香の方だった。


「でも、そうだなぁ。別に寂しくなんか、ないかな」


「そうなの?」


「うん。まあ。だって、誰かに会いたくなったら、こっちの島に来てもらえれば、いつでも会えるし」


 誰か……。というと……。


「達矢くんのことですか?」


「――なっ、ちょ、違うし!」


「えぇー?」


「ゴホン」明日香は、しわぶきで誤魔化そうとした。「えーと、話を続けるとぉ、私は別に、この生活を不自由だなんて思ってないの。今は戦いに備えなきゃいけないけど、ちゃんと全部が平和になった時には外に出られるし、味方になってくれる他の皆が、それを目指し続けてくれるって、信じてるから」


「…………」


 私は疑わしいゾとでも言いたげな視線を向けていたと思う。そのため、明日香は慌てて目を逸らし、


「まあね、そりゃ、時々、そう思うこともあるよ。人間だもん」そして、深く一つ息を吐き、「だけど、私以外にできないことだから。そういう風に思うのも、また一つの人間らしさかなって、思うし!」


 彼女は断ち切るように言って、バナナを頬張り、濃くなったバナナティーをおかわりした。


「そういえば、みことって転校してきたばかりなのよね」


「ええ、そうよ。変な人が多くて、戸惑うことばかりで……」


 わかるわかる、と明日香が頷く。そして、自分も転校したばかりの頃は大変だったから共感できる

という話と、戸部達矢が居なかったらどうなっていたのかなぁという呟きの後に、思い出したかのように、こう言った。


「私は、何があっても、みことの味方だから」


「…………ありがとう」自分でもわかるくらいに、私は笑っていた。それは、なんというか、感動して嬉し涙が出そうなくらいに。


 それから、ずいぶん長いこと明日香のところに居たつもりだったのだけれど、外に転送してもらった時には、思ったほど時間が経っていなくて、太陽は傾きかけたばかりといった頃合だった。


 太陽があるうちで良かった。もしも、暗闇の下に放り出されたらと思うと、恐怖だ。なぜなら、この島には街灯が一本も立っていない。瓦礫の中に倒れている街灯はあるけれど、立って明かりを放つものは無かった。


「さて、と。明かりがあるうちに、終わらせなきゃ」


 私は周囲を見回す。どこかに屋台が無いかを探したのだ。バナナをくれた笠原商店NEWに戻って、伝えなくてはいけないことがある。


 しばらく歩いていくと、青空の下で、机に向かっている女子生徒の姿があった。


「利奈さん?」


 私と一緒に公園の遊具を修復してくれた女の子。電動ドリル好きで図書館にひきこもっていた過去を持つ宮島利奈さんだ。


 彼女は、分厚い本に何かを書き込みながら、ぶつぶつと独り言を呟いている。


 どうしてしまったのだろう。ものすごい集中力だ。


 もしかして、と私は思った。私の肉体や声は、明日香によるワープに失敗し、普通の人間には感じられなくなってしまったのではないか。


「何してるんですか?」


 もう一回きいてみたけれど、反応がない。


 しかし、利奈自体からは反応が無く、あいかわらず陰気にぶつぶつと言っているだけだったが、別のところから朗らかな反応があった。


 ぬぅっ、と利奈の背中から白いものが飛び出してきた。


「利奈っちは忙しいので、本子がかわりに説明しましょう!」


「えっ……」


 人? いや、そもそも生き物なのだろうか? 血の気のない白い肌で、真っ白の服を着たそれは、空を飛んで、にこにこしている。


「おひさしぶりです! みんなの本子です!」


 そして、驚きの白さを持つ謎の浮遊物体は、いきなりテンション高く説明を始めた。


「ここで利奈っちがやっている作業はですね、本を編むということなんです。絵本作家か小説家になることが夢という利奈っちですが、この作業は、その夢とは全くもって関係ございません! では、何をしているのでしょうか! 正解を言ってしまいましょう。


実は、三つの力を書物に保存しているのです。わけがわからないとお思いのそこのアナタ! 本子はわかりやすい言葉を用意しています!


三つの本というのは、まずは本子の持つ舟を動かすための情報! そして銀髪の美少女、ファルファーレちゃんの持つ厖大な知識! そして超能力を目覚めさせるための暗号文! この三つを本にすれば、きっと本は輝きを放ち、本子たちを新たな境地へと導いてくれるでしょう!」


「つまり……何?」


「模写しているのです」


「写経か何か?」


「近いです! さすがです!」


「それより、あなた、何者? 何で空に浮いているの?」


「よくぞきいてくれました! あたしは本子です!」


「いや、名前はわかったけど……」


「簡単に言えば、幽霊みたいなもんです」


「おばけってこと?」


 と、私が口にした瞬間だった。


「オバケッ? どこにっ!」


 それまで、何かを書きなぐっていた宮島利奈さんが勢いよく顔を上げた。怯えを誤魔化すような叫びだった。


 私が言葉を返そうと準備している間に、利奈さんは、本子さんを発見し、


「ぎゃー! 本子ちゃんが出たぁ!」


 そう叫んで、平らな大地を蹴ってどこかに逃げてしまった。あっという間に見えなくなった。


 利奈さんのダッシュで起きた風が、勉強机の上にあった分厚い本のページを捲っていた。


「本子、こわがられてしまいました。ショックですぅ」


「そうね。普通はね。あなたみたいのが出たら、逃げるわよね」


「でも、利奈っちとは付き合い長いんですけどねぇ」


「そうなの?」


「少し、この重要な三冊の書物のために厳しく教育したんですけど、ちょっぴり、やり過ぎたのかもしれません」


「この本は、何なの?」


「これが三冊完成すれば、明日香さんがいなくても、この舟……というか、この島のコントロールができるようになるのです」


「それは、完成が急がれるわね」


「そうなんです!」


「でも、逃げちゃったわよ、利奈さん」


「大丈夫ですよ。しばらくすれば戻ってくるので!」


「そう……」


 また一つ、不思議なものと出会ってしまった。


 それから、幽霊の本子さんは、凧のように上空高く飛び上がり、島の状況を教えてくれた。おかげで、幸運なことに、笠原商店NEWの現在の場所もわかったし、那美音さんが既に車に戻って待っていることも教えてもらえた。


 ありがとう、と幽霊相手に手を合わせ頭を下げてから、笠原のおじさんのところに向かった。


「届けてくれたかい?」


「ええ、何とか。だけど、明日香の方から少し要望があって、これからは、バナナを大事に穴の中に置いてくれさえすれば良いとのことです」


「え。でも、それじゃあ代金はどうやって受け取るんだい?」


「あ……そっか。でも、そんなの私にきかれても……」


「ああ、そうだね。確かにそうだ。すまなかった」


「いえ」


「とにかく、届けてくれてありがとう。これは、そのお礼だ。つまらないものだが」


「ペン、ですか?」


 私は、差し出されたものを受け取った。ペンにしては、ずっしりと重たい。


「何かの機械みたいなんだけど、年寄りが持っていても、使いこなせないしね」


「そんな……」


 年寄りというほどではない。四、五十くらいである。


「いつ仕入れたものか忘れたけど、とにかく、有効に使える若者に託したいと、ずっと思っていたんだ」


「なるほど…………」


 ありがとうございました、と私は言って、屋台に背を向けた。




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