飛古野みことの章_14
火薬のにおいに満たされた道を、奥へ奥へと進んだ。二部屋くらいを通り過ぎた後の道で、爆炎を背景に、腕組をして立つおっさんがいた。
「よう、こいつぁ、かわいらしいお客さんが二名も」
長靴を履き、下は作業着、上は『利奈命』と書かれたシャツ一枚を着ている。髪型は角刈りというやつで、肌の色はムキムキに似合う浅黒さ。無駄に白い歯を見せてガハハと笑う。
シャツの文字から判断するに、おそらく宮島利奈さんのパパであろう。
でかくて太い声を出すおっさんは、私たちを歓迎する空気を出しながら、歩み寄ってきた。
しかし――。
柳瀬那美音は拳銃を構えた。そしてすぐさま、威嚇のメッセージを込めたのだろう。引き金を引いた。弾丸が飛び出し、何度か岩に跳ね返った後、砂利の中に突き刺さった。破裂音はわずかに反響したが、その後の音は全て爆発の音にかき消されていた。
「汗くさいから寄らないで」
それはあまりにひどいと思う。
「ぬぅ、そうか?」
利奈さんのパパは、極太のニノウデを顔の前にもってきて、においをかいだ。そうでもないぞという表情をした。
また、利奈パパの背後で火柱があがり、爆風が私を襲った。
「あたしはただ、この子に、地震の謎を見せたかっただけよ。さ、行きましょ、飛古野さん」
「え、はい……」
「わしの試作ロケットには触るなよ!」
「興味ないから安心しなさい」
また、爆発があった。
「あの、失礼します!」
私はそう言って、那美音さんの後に続いて、引き返した。
「さ、危険だから、さっさと戻るのが得策よ。生き埋めにされちゃあたまらないからね」
「でも、さっきのはちょっと、ひどかったと思います。かわいそうですよ」
「大丈夫。あの人、娘以外からひどいことされても傷ついたりしないから」
「娘さん……っていうと、宮島利奈さんですか」
「よくわかったわね……! 似てないのに!」
「そりゃ……」
あんな『利奈命』シャツを着ているのを見て、わからないほうがどうかしている。
宮島利奈のパパは、ああして爆薬を使って、地下のトンネルを掘り進めているのだという。目的は、ばらばらになっている地下のトンネルを繋げて、通路網を整備することにある。岩盤がとても強固なので、かなり難儀しているとのことだった。
地上へ出たとき、まぶしくて、一瞬、視界が真っ白になった。
平らになった道を歩く。色も起伏もない世界。こんなのは、理想でもなんでもない。ただ、悲しいだけだ。
私が望むのは、この町に本来いるはずの皆が居て、その上さらに、外からも良い評判を聞きつけて多くの人が集まってくるような、魅力あふれる町に――。
あれ、でも、何でだ。何で私は、こんなことを考えているんだろう。新しい学校に転入したばかりで、その学校の友達が住んでいたこの場所には、初めて来たばかりなのに。こんなに重たい思い入れがあるなんて、おかしいはずなのに。
ふと視界に、二人の男性の姿が見えた。
何にもない背景の中で、向き合って座っている。
一人は若い無精ひげの男性で、もう一人はおじいちゃんである。
二人は、小さなテーブルに向かい合っていた。椅子は無く、座布団の上にあぐらをかく形であり、おじいちゃんの片手には扇子が装備されていて、自身に風を送っている。若いほうは、真剣な表情で小さな四本足のテーブル上を見つめ、拳をしっかり握り締めている。
センスのいい扇子が潜水したという冗談を唐突に思いついたけど、絶対にスベるから言わないでおいた。
台上に不規則に並べられた物体は、一見して三角形に見えるが、実は五角形であり、それがいくつも、三十個くらい並んでいる。テーブルの横に台が設けられており、その上に、さらにいくつか並んでいる。
「那美音さん、二人は、何をされているんですか?」
「知らない? 将棋っていうのよ」
「将棋……」
これが将棋か。お互いの駒を取り合って王将を追い詰め合うゲームだ。話にはきいたことがあったけど、実際にこの目で見るのは初めてだ。
「珍しいわね。日本に生まれておきながら、この有名なスポーツを知らないなんて」
「スポーツなんですか?」
「頭のね」
「これは、どっちが優勢なんですか?」
「そうねぇ、飛古野さんは、どっちだと思う?」
「えっと……」
盤上を見る限りでは、両者の駒の数に差は無いように見える。盤外にある台に並べられているのは、持ち駒というやつだろうか。その数を見ると、若い無精ひげ男性の方が多い。
「若いかたの方が、リードしているんじゃないかなと……」
「さあ。どうかしらね……」
私たちは、しばらく二人を見守った。おじいちゃんは扇子をゆらして涼しい顔をしている。若いほうは、微動だにせず、汗だくになって眉間のしわがどんどん深くなっていく。
やがて、若い方が深々と頭を下げた。
「負けました」
どうやら、私は不正解だったらしい。
おじいちゃんは、ふぉふぉふぉと笑い、
「なんとまあ、対局中盤で投了とは」
「ああ。持ち駒だけ見れば、おれが有利なのは確かだ。だが、盤上で見えない戦力差がついてしまっている。このまま打ち合えば、おれの敗北は必至」
「なるほどのう、じゃが、最後まで足掻くこともせぬのか。中途半端な若者じゃな」
「なっ……」
「ふぉふぉ、若山といったか。おまえは自分で自分をエリートだと言っておったが、この老いぼれにも勝てぬとは笑止千万。見事に馬脚をあらわしよったな」
将棋で負かされると、こんな暴言も甘んじて受けなくてはならないのか。とても厳しいスポーツなのだなと思った。
決着がついたところで、那美音がおじいちゃんに話しかけた。
「久しぶりね、おじいちゃん」
「はれ、どなただったかの?」
「おじいちゃん、ボケたふりしたって、あたしには通用しないわよ。おじいちゃんの考えていることなんて、心が読める私には、手に取るようにわかるんだから」
「最近耳が遠くてのぅ」
そしたら、那美音さんは苦笑いしながら私の方に向き直った。
「これ、あたしの祖父なの」
「あ、そうなんですか。あの、よろしくお願いします! 飛古野みことっていいます。いつも那美音さんにはお世話になっていてですね……」
「おうおう、可愛い子だねぇ。どうだろう、うちの嫁に来ないかねぇ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ、今の上井草家はおじいちゃんしか男いないじゃないの……って、そういう意味か! 年の差ありすぎよ!」
「あれ? 上井草って……まつりさんの……でも、那美音さんは、柳瀬……」
「ああ、そういえば飛古野さんには、まだ言ってなかったわね。まつりはあたしの実の妹よ。あたしは事情があって別の姓を名乗ってるんだけどね」
「事情……ですか」
「スパイだったのよ」
「ああ、なるほど」
すごく驚くべきことのはずなのに、どうしてか私は、簡単に彼女の言葉を受け入れてしまった。