飛古野みことの章_12
私は、またしても夢を見た。いつぞや見たのと同じような、まったくもって不可解な、変な夢だった。
見知らぬ女性は、私に向かって話している。
「飛古野みこと。あなたが選ぶのは、この熟れたバナナですか? それとも、青いバナナですか? もしかして、こっちの、こっくろいバナナですか? まさかとは思いますが、この金色に輝くバナナですか? それとも、まったく普通の平均的なバナナを選びますか? それも違うというのなら……あなたは、この永遠に朽ち果てることのない、岩石バナナを選びますか?」
次々と浮かんでは消えるバナナたち。またバナナか。どうしてもバナナなのか。バナナ以外の選択肢は無いのか。
すると、私の疑問に答えるかのように、彼女は言う。
「それとも、全てのバナナを選ばずに、そのままのあなたで――」
そこで私は飛び起きた。
がたがたという振動に起こされたのだ。
車は、どうやら橋の上を通過しているようで、電灯の明かりと夜の闇とが交互に私の目にぶつかっていた。
「ここは……?」
何がなんだかわからず呟いた私は、隣を見た。運転席には、サングラスをかけた女が居る。夜なのにサングラスかけて運転をするのは、危険だと思うのだけど……。
「あら、起きちゃったわね」
「…………」
しばし、考える。
これは、どんな状況なのかと……。
そして至った結論は、私は誘拐されている最中なんじゃないかということ。
「ちょっ、降ろして!」
私は、助手席のドアレバーに手をかけた。走行中の車から飛び降りようと思ったのだ。だけど、しっかりとロックされていて、動かなかった。
「落ち着きなさい、飛古野みことさん。危険よ」
「でも、これって、ゆうか――」
がたんと、車体が浮き上がった感覚。着地の衝撃。あやうく舌を噛みそうになった。私は黙らされた。
一度全開でアクセルをかけた後、すぐにブレーキがかけられ、車が止まった。
「ほら、着いたわよ。降りて」
ロックが外される音がした。
「何なんですか……」
「言ったでしょ、お礼がしたいって」
「不意打ちで人攫いするのがお礼なんですか?」
「降りなさい」
冷たい声と共に、私の頭に拳銃がつきつけられた。
「ええっ?」
「はやく!」
「はいっ!」
何なんだと思いながらも、命が惜しい私は柳瀬那美音に従った。
助手席を降りて、扉を閉める。
那美音さんも運転席を降りて、私に車の前方に出るよう銃を振って指示した。
那美音さんはボンネットに寄りかかった。
「こっち来て」
私は、那美音に手招かれ、同じようにボンネットに体重をかけた。
熱い。お尻が焼けるようだ。
「飛古野さん。間もなくよ」
「はい? 何がですか?」
しかし、那美音さんは質問に答えず、小さな鞄から菓子パンを取り出した。静寂を切り裂くように、がさがさという袋の音が響く。
「メロンパン食べる?」
「いえ……食欲ないんで……」
「そう」
どうも最近の私の周辺は、自分のペースで会話を進めないと気がすまない人が多すぎる。
「あたし、世界でいちばんメロンパンが好きなの」
「そうなんですか……」
「見て」
サングラスを外した那美音さんの目線の先に、私も目を向けた。
急に明るくなり始めた世界。
地平線の向こうに、水平線がある。その先から、朝陽がゆっくりと昇ってくる。
「きれい……」
と、思わず私は言ったけれど、実は違和感があった。
確かに、荘厳で、神々しい景色だと思ったけれど、同時に寂しい風景だとも思った。
ひたすらに何も無い。不自然に平たい島。一つの坂も存在しない。何か虫や鳥の声がしても良いものなのに、それも一切ない。
「さしずめ、真っ白なキャンバスってところかな」
那美音さんは遠くを見つめながら続けて、
「これから造っていくのよ。何もかもをね」
「じゃあ、ここが……」
「そう、きいたことあるでしょう。ここが、かつて風車がたくさん立ち並ぶ、坂道と強風の町……だったところ。今じゃ、こんな爽やかな風が吹く平たい島になってるけどね」