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飛古野みことの章_11

 本当に、この町では色んなことが起こる。


 間もなく夕方を迎える時間帯に、緑に包まれた家に帰ったのだが、その道中でも、それを痛感した。


 なんと、私の直した場所が、とても派手で活気溢れる公園になっていたのだ。


 人の数こそ多くない。だけど、公園全体に、いつの間にやら花が大量に植えられていて、とてもカラフルで、虹色っぽい縞模様が鮮やかで。私はどうしてか、涙が出そうになった。


「あなたが、飛古野みことさんだにゃん?」


 にこにこしながら話しかけてきた。


 どうやら、この人が、私の公園を飾ってくれた人らしい。見下ろしてしまえるくらい小さな女の子で、笑うと八重歯が見える、とても可愛らしい女の子である。夏服の左袖には、花飾りがついており、右袖には紫色のラインが一本だけ入っている。


 この子、どこかで見たことがあると思ったら、校長先生の娘さんだ。カラオケしたときに、世話の焼ける娘がいて困っちゃうという愚痴を聞かされたし、よく店長の浜中紗夜子と仲良さげに半額交渉もしくは全額交渉をしている風景を見たりもする。


「どうして私の名を?」


「マリナっちから聞いたにゃん」


「マリナっち……?」


「一緒に、この公園を直したんだって得意げだったにゃん」


 とすると、マリナっちというのは、電動ドライバーをウィンウィンいわせて恍惚の表情をしていた宮島利奈さんのことか。


「そして、あたしは今、お花屋さんをしてるのですにゃん。出張販売にゃん!」


「そうなんだ」


「おひとついかがかにゃん? どれでも一律二百八十円。わーお、激安だにゃん!」


 全部二百八十円……。居酒屋みたい。


「いいわね。一つといわず、色んな色のお花をもらおうかしら。十本だと、三千円くらい?」


「なんと! さては、ひこにゃんお金持ちなんだにゃん?」


 ひこにゃん……って……。


「まあ、その、アルバイトしてて、使い道があんまり無いから、部屋にお花でも飾ろうと思って」


「うむにゅん……ぁゃしぃ……」


 何がだろう。


「だって、あれだにゃん。お菓子とか、甘いものとか、いっぱい食べるとかすれば、お小遣いなんかすぐ無くなるはずだにゃん」


「太っちゃうでしょう」


「そんなことないにゃん。あたしもひこにゃんも成長期だにゃん」


「あなたはともかく、私はもう成長期は終わったと思うわよ。年齢的に」


「そんなことないにゃん。成長できると心から信じれば、成長するはずだにゃん。成長できないとしたら、それは成長できるという確信が足らないからだにゃん」


「なせばなる、みたいなこと? それはないと思うわ」


「否定ばっかし! さては、ひこにゃんストレス人間だにゃん! そんなんじゃ、おっぱい大きくならないにゃん!」


「ああ……そっか、胸の話をしてたんだね……」


 まったくもって、大きなお世話である。でもそれなら、この子の言うとおり、年齢的にはまだ成長の余地があるかもしれない。


「それはそうと、あたしは穂高緒里絵っていう名前だにゃん。皆からカオリって呼ばれてるんだにょ」


「何なのよ、このマイペース……」


 そして私は、彼女から花束を受け取ると、「まいどありだにゃん」を背中できいて、緑の箱に向かって歩き出した。


 部屋に戻って、花瓶に花を突っ込んだ。そして私は、麦茶を飲みながらのんびり、ぼんやりしていたのだけれど、またしても私をぎょっとさせる出来事が起きた。


 突然、窓が網戸ごと勢いよく開いたのだ。


 かと思ったら、サングラスをした女が、靴のまま私の部屋に侵入してきた。


「ええええええっ……?」


「あ、やっぱり帰ってたのね。飛古野みこと」


「ここ三階なんだけど、何で窓から……」


「ツタをよじのぼってきたのよ」


「いや、何で玄関から来ないのか、意味がわかんないんだけど」


「それにしても暑いわね。なによこの部屋。冷房もついてないの」


 堂々と不法侵入しておいて、私の質問を半分くらい無視し、しかも私の神聖な部屋にケチをつけるとか、人としてどうかしている。


「何しに来たんですか、柳瀬那美音さん」


「昼間のお礼をしようと思ってね」


「お礼?」


「そう。あなたのおかげで、盗人をとっ捕まえることができたから、ね」


「あぁ、あの悪いおばさんを……」


「そうね……悪い……ね。確かにそう。だけど、あの人も利用されているだけなのよ。利用されていることに気付けないことは確かに愚かだけど、なかなか、ね」


 那美音は言いながら、抱えていた風呂敷の結びを解き始めた。


 中から出て来たのは、きらきらと光り輝く分厚い本だった。


「それが、例の本ですか?」


「ん、そう。れいの本よ。まぶしいくらいの光を常に放っているでしょう」


 手渡されたので、おそるおそる受け取る。熱を放っているわけではなくて、しっとりと冷たい手触り。輝きを放ってさえいなければ、どう見てもただのハードカバーの本だった。開いてみたが、中には何の文字も絵も書かれていない。


 本というよりも、本の形をした電灯と言った方がよさそうだ。


「これは……電気代が、浮きますね」


「ふふ、そうかもね」


「これ、いただけるんですか?」


「いいえ、見せびらかしただけよ」


「え……」


「お礼っていうのはね――」


 私は、柳瀬那美音の言葉を最後まできくことなく、気を失った。どうやら素早い動きで睡眠薬みたいなものをねじ込まれたらしい。




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