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飛古野みことの章_10

 史上最高の保健の先生がいるらしい。


 この町では、体調を崩した時には保健室に行くことになっている。保健室の呼び出しボタンを押すと、お医者さんが駆けつけて、たちどころに治してくれるというのだ。それは夏休みでも例外ではなかった。


 夏風邪を引いた私は、何度目かの休日登校を果たした。保健室の机にあった怪しげなボタンを押したら、壁の隠し扉みたいなところから女の子が飛び出してきた。


「え?」


 なーんだこれ、と私は思った。


 輝く銀髪で、派手なリボンをした、子供だった。


 でも、その子供のことを、私は知っていた。


「ファルファーレ先生……?」


「だれー?」


「飛古野です。あなたのクラスの、飛古野みこと」


「どーしたの?」


「どうって……」


「ボタンをポチっとしたんでしょ? 診察でしょ? どこか悪いところがあるの?」


「そうですけど……って、まさか、最高の保健の先生って……」


「うん、それあたし呼ぶやつだよ」


「だ、大丈夫なのかな……こんな子供に……」


「注射するね」


「ちょ、まって、いきなりすぎ――アッ……」


 きらり光る針。一瞬の早業だった。私の腕に、薬が注射されていたらしい。


 その後、三十秒かからずに、全ての症状が改善され、まるで風邪なんて引いてたのが嘘のようだった。だるさも眠気も無くなってしまった。


「どういう薬を?」


「うふふー、秘密ー」


 ちなみに、ファルファーレ先生は、主要科目すべてを私たちに教える先生でもあった。笠原みどりさんからの情報によれば、まだ十歳らしい。この町は異常だ。私はつくづくそう思う。


「まぁ、いいです。あの、ありがとうございます。これでアルバイトに出られそうです」


 私がそう言った時、ファルファーレ先生は手を差し出していた。まるで、こぼれ落ちる水を受け止めようとするかのように。


「…………えっと、先生、この手、何ですか?」


「アイスクリームちょうだい♪」


 私が、アイスクリーム無料券を十枚ほど手渡すと、「アイスクリーム♪ アイスクリーム♪」と歌いながら、くるくる回転していた。実に子供っぽい。


 私は、もう一度ありがとうを言ってから、アルバイトをしにレストランへと向かった。


 さて、アルバイト先のレストランには、色んな人が食べに来るようになった。


 先ほどのファルファーレ先生も常連である。食い逃げ未遂を繰り返す上井草まつりも、何かと手伝いたがって断られている笠原みどりもよく来ている。一緒に公園を直してくれた宮島利奈もだ。着物姿の女校長も来て、いつも一番高いやつを頼んでいく。校長の娘さんは、店長の紗夜子と友達のようで、いつも「半額にするにゃん」と交渉して、そのたび軽くあしらわれている。達矢くんは無愛想な先輩ウェイトレスさんを相手にゴキ○リを飛ばしたので店長の往復ビンタをくらった挙句に出入り禁止となった。自業自得である。不良たちよりも悪質な行為なので、かばいようがなかった。それと、陶芸をしている風間史紘も、歌の上手な大場崎蘭子も、この店の常連だ。


 リピーターの多さは、皆に愛される空間だっていう証明だ。そんなお店で働いていられることを、誇りに思う。


 さて、この日は、いつもと違うお客さんが来ていた。サングラスをかけた背筋の伸びた女の人だ。注文をとろうとした時、メモ帳を見せつけてきた。


 まず、『あたしは怪しいものじゃないから騒ぐな』とのことで、次に、『あんたの思考が読めないが、まさか軍の人間じゃないだろうな』と疑われ、私の戸惑いを見て取るなり、メモ帳に以下のように書き記した。何なんだ。


『すまなかった。あたしは柳瀬那美音。本当に怪しい者じゃない。実は、スパイを追っているんだけど、このレストランを常連にしているらしくてね。誰かに情報を受け渡しているのかもしれないと踏んでたわけ。そこに、思考が非常にノイジーで読めないあんたがいたもんだから、疑っただけよ、ごめんね』


 そして彼女はサングラスを外して、私に笑いかけた。


 上井草まつりさんに似ていると思った。


 私は、ウェイトレス服の胸ポケットからペンを取り出し、メモ帳に書く。筆談を開始する。


『あなたが追いかけてる人は、どんな悪いことを……?』


『ちょっと、大事な本をね、盗み出したのよ。その人はうちの町では有名な書物蒐集家でね。いわゆるコレクターというやつなんだけど、その本を売り渡して大もうけすれば、もっと大量の古書を入手できると考えたみたい。もとは、島を動かすために必要なシロモノだったんだけど、もう今となっては何も入ってない、ただ光り輝くばかりの本なんだけどね』


『えっと、事情を知らない私がこんなことを言うのもあれなんですけど……もう大事でもないなら、だったら放っておいても良いんじゃないですか?』


 メモ帳が一枚破られ、何も書かれていないページに、さらに書き込まれる。


『そりゃそうだけども。売ったお金を町のために使うんなら文句は無いんだけどね、今、あたしたちの町が一大事だってのに、それを盗み出した挙句に私利私欲のために売り飛ばそうとしてるなんて、許せないからね』


『なるほど。それは許せませんね』


『それだけじゃない。その人は、敵の軍に町の極めて重要な秘密情報を売り飛ばしたりしたこともあるから、捕まえて土下座くらいはさせないとね』


『その人には、特徴とかってあるんですか? もしも見つけたら、お知らせしますので』


『写真がある』


 そうして目の前に突き出された一枚の写真を見て、私は驚いた。その中年女性の横顔が見えていたからだ。すぐ近くのテーブルで優雅にコーヒーを飲みながら本を読んでいた。


『今、います。那美音さんのうしろに』


「何ですってぇ?」那美音さんは声を出した。


 振り返って、すぐに銃を取り出して。


 って……拳銃?


 そんな物騒なものを取り出されたものだから、私は思わず悲鳴をあげた。


 そのせいで、盗人が顔を上げた。


 那美音の接近に気付いた女盗人は、コーヒーをひっくり返しながら駆け出した。シートに置いてあった風呂敷を大事そうに抱えて走り出す。


「待て!」


 二人、店の外に消えた。


 響いた数発の銃声の後、静寂が戻ってきた。


 その後、お店に普段の喧騒が戻るのは、数分を待たねばならなかった。




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