上井草まつりの章_6-4
昼休みになった。
俺は、授業中ずっと、まつりの弱点について考えていた。
今までの戦いや生活の中で、まつりの弱点らしい弱点を探っていくと、意外なものが浮上する。それは……セクハラ。そう、セクシャルなハラスメント行為である。まつりはセクハラが苦手……いや、セクハラというよりも、男と女という概念に対する苦手意識があるんじゃないかと思う。
ほの寂しい胸のことをちょろっと言ったら激しく怒られたこと。
そして、昨日、ちょっとジョーク交じりに恋愛オーラを飛ばしてみたら過敏に怒ったこと。
上記二つの怒りは、普段の怒りよりも激しかった。大したことないのにすごく怒るってことは、それが弱点ってことだ。コンプレックスって言っても良いくらいの。
そして、弱点を突くというのは兵法の基本!
勝つためには手段を選ばない男を自負する、この戸部達矢を敵に回した時のおそろしさを見せてやる。
俺はツカツカと教室内を歩き、まつりの席へ。
そして席に座って風間史紘のつむじを後ろからギュウギュウ押しているまつりを見下ろした。
「何だよ。謝りに来たのか?」
俺を天井に突き刺すくらいにぶっ飛ばしておいて、なお謝れと言うのか。ふざけたことを言わないで欲しいぜ。
「謝る? そんなわけないだろ」
「じゃあ何の用だ。あたしは今、フミーンのつむじを押すのに忙しいんだ。くだらない用事だったらぶっ殺すぞ」
あら汚い言葉遣い。美人台無し。
で、まぁ、実はくだらない用事なのだった。いや、用事ですらないか。
「何だよ」
「いや、お前の胸が、小さいなって思って。ちょっと大きくする努力したが良いんじゃないかってアドバイスしに来たんだよ」
セクハラした。決してマネをしてはいけない最悪行為である。まして貧相な乳をした子に対しては特に言ってはいけない優しくない行為である。
「…………………………………………」
クラス中が、張りつめた。教室が、水を打ったように静まり返る。
無音。
しばらく無音空間が広がった後、ようやく音がしたと思ったら、それは、まつりが椅子から立ち上がった音だった。
――ガタンッ。
「死ぬ?」
疑問形。
やばい、こわい。冷や汗が止まらない。なんだこの殺気は。
しかし、ダメージは与えたはずなんだ。普段、誰も恐ろしがってセクハラをすることが無かったはずだ。とすれば、当然、セクハラに対する免疫など無いはずだ。まつりはきっと「ごめんなさい、もうモイストしません」と負けを認めるはず……。
だがしかし、
「あの、ごめんなさい、もう胸のことは言いません」
俺が謝ることになった。その恐ろしい眼光に負けた形だ。
「謝っても、遅い」
「ひっ」
悲鳴。俺の悲鳴。
「南半球まで、とんでけぇええ!」
ばこーーーーーーーーん!
「ばぶぅーーーーー!」
乳幼児のような声を発しながら、俺は宙を舞い、
ドゴン!
そして、教室天井に二つ目の穴を開けた。
「あたしは、着やせするんだ」
それは嘘だろう。この貧乳娘が。
「えいっ」
ズボッ、ドサッ。志夏が抜いてくれた。
「度々ありがとうな、志夏」
「達矢くん、バカでしょ?」
「よくわかったな。俺がバカだと」
「誰の目にも明らかなんだけど」
「はっはっは、それにしても残念だな、まつり。南半球までは飛んで行けなかったぞ」
「あぁ?」
本気で、怒っていた。
「……ごめんなさい」
目を逸らして、謝った。