飛古野みことの章_7
二人で一緒に片づけをした。達矢くんは、片づけを終えてすぐに、「はー終わった終わった」と言って、店の外に出て行こうとした。そうはさせない。達矢くんを呼び止めた。
「何だよ、まだ何かあるのか?」
たぶん、早く他の人に向かってゴキ○リを飛ばしたいのだろう。そういった理由で、さっさと笠原商店NEXTから、さらにNEXTな場所へと旅立とうとしているのだ。最悪である。
――このまま帰したのでは、なめられてしまう。
それは、人として看過できないことだ。
それに加えて、彼をこのまま帰したくないもう一つの理由がある。
私がここに来た当初の目的を思い出してみて欲しい。そう、私が笠原商店NEXTに来た理由は、紅野明日香なる人物が何者かを聞き出すことである。自称情報通の笠原みどりならば熟知しているだろうと思ってのことだ。だけど、目の前に居る戸部達矢だって、いろいろなところに顔を出してくることから考えるに、それなりに顔の広い人物だろうと推測した。
「あのさ、達矢くん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「何すか、飛古野さん」
「紅野明日香っていうのは、誰なの?」
「明日香? 何で?」
「いろんな人から、その子の名前を聞くからさ、どんな人なんだろうなって、興味があって」
「そうなのか。それじゃあ、俺は帰るぜ」
逃げようとした男を、私の右手が掴まえる。
「ええい、放してくれ」
「あんなことしといて、逃げようっていうの?」
「うっ……」
「別に私は、紅野さんに恨みがあったり仕返しがしたいっていうわけではないの。ただ少し気になるだけで……」
「……なら、明日香に直接会ってみればいいんじゃないか?」
「それは確かに……。でも、そうは言っても、どこに居るのかも知らないし……」
「今は、地の底に居るかな」
「え……」
「あ、死んじまったとか、そういう意味じゃないぞ。ただ、あいつには、地面の底で、ちょっとやらなきゃいけないことがあって、とにかく、会おうとすりゃ会えるから、まつりとかに頼んでみるといい」
「そう……」
「それと、どんなやつかって質問については……」
「やっぱり答えたくない?」
「いや、大丈夫だ。ただ、俺がこんなこと言ったなんて、他の皆には内緒だぞ」
「ええ」
「ボイスレコーダーで録音とかも、やめてくれよ」
「機械が無いわ」私は手のひらをヒラヒラと振って見せた。
「そうか……じゃあ、言うぞ」
そして達矢くんは、前半は少し不満をぶちまけるように、
「わがままで、意地っ張りで、すぐに骨折るわよとか言うくらいに口が悪い。そんでもって、敵の弱点をほじくりまわすのが上手いんだよ」
だけど後半は、だんだんと優しい声になり、少し恥ずかしそうな感じで、続けた。
「何でも器用にこなすし、あれで優しいところあるし……何ていうかな、嫌いじゃないぜ、ああいうやつ。びっくりするような力の持ち主でもあるしな……」
「びっくりする力?」
「ああ、大きな島を一つ、動かすようなさ」
――島を一つ。
それは、途方も無いエネルギーだ。何かの比喩だろうか。たとえば、彼女の一声で、軍隊が動くような……。
「じゃあ、もしかしたら、大貴族の御令嬢とか、どこかの王室の血を引くとか、そういう感じなのかな」
しかし戸部達矢くんは、答えず。まるで自分に言い聞かせるように、こう言った。
「あいつも頑張ってるんだ。俺も、頑張らなくちゃな」
遠い目をして。
誤魔化されたように感じられた。
どうにも、達矢くんからの情報だけでは紅野明日香がどんな人物なのか掴み切れない。多くを語りたくなさそうであったし、そもそもゴキ○リを飛ばしてくるようなクズ男の話に信憑性があるとは言い切れない。
そこで私は、髪をぼさぼさにして戻ってきた笠原みどりにも、やはり聞いてみることにした。
「紅野さんのこと?」
「ええ」
「ここだけの話なんだけどね、実は、紅野さんは、達矢くんと付き合ってるんだよ」
「そうなの!?」
まさか、ゴキ○リを飛ばしてくる男に恋人が居たなんてことが、この上ない驚きだった。それはもう、こんなおかしな世界に失望したとでも言いたくなるような。
「わっ、すごい反応。そんなびっくりするようなことかな。だって、あの二人は初対面の時から、すごく気が合ってて……って、あっそっか、飛古野さんは、最近入ってきたばっかで、それ見てないのか」
「ええ」
「あ、そういえば、まだ聞いていなかったんだけどさ、飛古野さんって、どうして、あたしたちの学校に来ることになったの?」
「え? えっと……どうしてって……」
「理由よ。転入してきた理由。だって、こんなことはあんまり言いたくないんだけどさ、うちの学校って、問題ある子ばっかりが集められてくるところだからさ」
「それは……」
転入の理由をきかれ、何でだっけ……と私は悩んだ。どういうわけか、昔の記憶はおぼろげだ。この町に来る前に、私は、何をしていたんだっけ。両親は、どんな人だったんだっけ。
しばし沈黙して考えていたところ、「そんなヤバい理由なんだ。いえないほどに……」などと言われてしまった。びびられてしまうのは耐え難い。私は普通の人間なんだ。
「違うのよ。違うの。そんなに悪いことはたぶん、してなくて……」
「そうだよね。うん、そう思う」スマイル。「飛古野さんは、こんなとこに送られてくるようなオーラじゃないな。ちゃんとした人間っていうか……」
そう言われてまた、無意識に笑ってしまったらしかった。頬が持ち上がる感触があって、笠原さんが、首をかしげたので、たぶん、そうだろう。自分では、そんなつもりは無くて、別に、嬉しいと思うような内容でもなかったはずなのに。
「飛古野さん、嬉しそうだね」
「何でだろう」
「さあ、あたしにきかれても……」