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飛古野みことの章_2

 高校に来てしまった。夏休みなのに。


 散策していたら、吸い寄せられるかのように、この場所に着いた。


 夏休みに入る前日あたりに、私は何人かにこんな質問をした。「町ごと移転する前の高校はどのようなところだったのか」そしたら、馴れ馴れしい男子生徒が答えてくれた。


「ちょっと耳を貸してくれ」


「あ、はい」私は言うとおりにした。


「ひどい女が居た」ヒソヒソ話で教えてくれた。「上井草まつりっていう奴が女番長として幅を利かせていてな、逆らうと半殺しにされるんだ。俺なんて、何度ぶっ飛ばされたことか。転校初日にさ、いきなり体当たりだぜ。信じられるか? えっと、飛古野みこと……だっけ? お前も、あいつには気をつけた方がいい」


「上井草まつりさんという人は、どのような外見を?」私も内緒話で返す。


「まず、目つきが悪い。とんでもなく悪い。俺に会うときはいつも苦虫を噛み潰したような感じだ。そんでもって、女子にしては背が高い。百七十以上あって、威圧感がある。それから、制服の袖に、三本ラインが入ってる。夏服でも冬服でも入れてあるし、あの三本ラインにはこだわりがあるのかもな。噂によると、支配者の証だっていう話だ。あいつについては、やばいエピソードがいっぱいあってな…………」


 彼は、彼女の悪行の数々を語ってくれた。どうも、ひどく暴力的な女の子らしい。風紀委員を自称して、不良たちをばっきばきのぼっこぼこにすることに歓びを感じているような。悪魔のような。


「なるほど、上井草まつりさん……気をつけます」


「ああ」男子生徒は、はっきりとした声に戻った。「ところで、俺さ、飛古野さんと、どっかで会ったことある? どうも初対面と思えないっていうか……どうしてか、すごく懐かしい感じがするんだよな」


「無いと思いますよ、戸部くん」


 私は、きっぱりと答えた。


 そして今、私の目の前には、戸部くんとの会話に出て来た女番長が立ちはだかっている。


 でも、戸部くんがいつも浴びせられているような険しい怒りの目つきではなく、怪しむような目だ。私服のまま学校に入った私に対して、不審者を見るような視線をよこしている。私は焦って、何か言葉を探す。


「いい天気ですね」


 だめだ。これじゃあかえって不審な気がする。


「そうだな」上井草まつりは頭上を見上げた。「うん、青空がキレイだ」


「では、私はこれで……」


 クラスメイトの戸部達矢くんからヤバイ話をたくさん聞いていたので、逃げようとした。


「待てよ」


「な、なんですか」


 逃げようと思ったけれど、戸部くんが言うには、足も速いらしいので、逃げたら負けると思った。


 まったくの凡人である私が、ヤバイ町で育ったヤバイ人に太刀打ちできるはずがない。


 私も殴られてしまうのだろうか。鞄の中にあるお財布には、五百円くらいしか入っていないから、カツアゲでもされたら、「たりねぇぞオラオラ」とか言われて、暴力を振るわれてしまう気がする。


 なんとか窮地を脱したい私は、周囲を見回した。


「なにキョロキョロしてんだ」


「あ! すみません!」私は、きをつけの姿勢をとった。


「あ? なんかキミ、すごいオドオドしてるけど、悪いもんでも食べたの? 誰かさんの手作り弁当とか」


「いえその、そういうわけじゃ……」


「キミ転入生よね」


「そ、そうです」


「ま、あたしらも皆、この町に来たばっかりだし、全員転入生みたいなもんよ。それに、もと居た町も、頻繁に転入生が入っては出て行くような、正直普通じゃない町だったから、なんていうか、転入生慣れしてるっていうか……とにかく、キミもすぐ馴染めると思うよ」


 聞いていたのとは違う優しい女子が、そこに居た。


「はい、ありがとうございます。えっと……上井草さん、ですよね。聞いていたより優しい人で、安心しました」


「は? どういうこと? なんかあたしの悪い噂とか流してるヤツが居るわけ?」


「あ……そういうわけじゃ……」


「誰だよ」


「誰って」


「言えよ」声が太く低くなった。すごい目でにらまれた。


「戸部達矢くんです」私は正直に答えた。心の中で彼に謝りながら。


「あいつめ、ぶっつぶしてやる」


 物騒な言葉を発するや否や、上井草まつりは風を残して走り去ってしまった。


 前言撤回。優しい女子なんかではなかった。



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