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飛古野みことの章_1

※飛古野みこと視点。

 変な夢を見て飛び起きた。


 部屋の風通しをよくして安静にしていても汗ばんでしまうような、七月の名に恥じぬ、とても暑い朝のことだった。雫が一つ、二つ、オレンジ色のタオルケットに落ちた。白いシャツが、じっとりと濡れて、ちいさな二つの膨らみに張り付いている。


「飛古野みこと。あなたはバナナを選びますか? それとも――」


 何でこんなにおかしな夢を見なければならないのだろう。


 見知らぬ女の子にフルネームを呼び捨てにされ、バナナを突きつけられる夢は、夢占いでは、どのように診断されるのだろうか。欲求不満のあらわれとかだったらとても嫌だと思う。


 目の前に突きつけられた黄色い塊を受け取った夢の中の私は、満面の笑みで答えた。即答だった。バナナを選ぶわ、と。


 バナナの対抗は何だったんだろう。


 私としては、そんなにバナナを好きになった記憶が無い。果物なら何でも選択可能と言うなら、林檎とか、葡萄とか、蜜柑とか、苺とか――あ、これは一応野菜だったっけ――、あとはパイナップルとか、マンゴーとか、他にもたくさん甘くて美味しいやつが思い浮かぶはずだ。よりによってバナナ。栄養豊富なバナナ。あまり好きじゃないバナナ。そんなバナナ。


 そもそも、あの女の子は誰なのだろう。私と同じくらいのショートカットで、私よりも気の強そうな顔つきで、うちの学校の制服を着ていて、どこかで見たことがあるような姿で、どこかで耳にしたことのあるような声で……。


 別に、夢の内容を本気で気にしているわけではないのだ。たいていは、夢に意味なんて無いのだから。ただ、知らない女の子にバナナを差し出されるという光景が鮮烈すぎて、忘れられず、つい考え込みたくなる。


 今朝の夢における疑問その一、どうしてこんな夢を。

 今朝の夢における疑問その二、あの女の子は誰だったのだろう。


 もちろんノーヒント。答えがポンと出たら奇跡だ。


 梅雨が明けたと同時に、私はこの高校に転入したので、そのストレスで変な夢を見ちゃったと考えることも可能だ。何せ、私には未だ、友達が居ない。よく話しかけてくれる笠原さんという女の子とは仲良くなれそうだったけれど、すぐに夏休みに入ってしまったので、顔を忘れられていたらどうしようかと、すごく怖い。


 一度きりの人生だ。思い切りよく生きたい。


 でも、一度きりの人生だ。先が見通せなくて、人間関係で取り返しのつかないミスをしてしまったら、辛いだろう。慎重になってしまう私の気持ちも、わかって欲しいものだ。


 シャワーを浴び、着替えを済ませて、部屋の外に出た。セミの大合唱が、いっそう大きくなった気がした。


 冷房すら設置されていない部屋は、かつて団地と呼ばれる建物だった。外観は、もう完全に廃墟。いつ崩れてもおかしくないところを、びっしり絡まるツタが繋ぎとめて支えているような有様だ。玄関の扉も、塗装が剥がれていて、錆びた金属がむき出しになっている。はっきり言って、ぼろい。部屋の中は、学生寮として流用する際に整備されたため真新しくて綺麗なので、外観に文句を言うのは贅沢かもしれないけど。


 緑の箱を出ると、すぐに公園がある。かつては、子供たちが遊んでいたのだろう。ブランコ、滑り台、シーソー、ジャングルジムが風化を待っているような状態であり、ベンチなんか板が無くなっていて座れもしない。これはもうベンチではないだろうと、公園を通る度に思う。


 私が通う高校の歴史は非常に浅く、創立されたのは僅か一ヶ月ほど前。なんでも、遠くの町一つが、丸ごと引っ越して来たのだそう。


 高校についての疑問その一、どうして丸ごと引っ越す必要があったのか。

 高校についての疑問その二、どういう学校なのか。


 その一については、有名な話がある。風車の立ち並ぶ町――俗に、かざぐるまシティと呼ばれて人々から忌避される場所――に避難勧告が出て、それで、この町に引っ越して来たという話だ。だから、この高校には、あの町に居た学生しか存在しない。けれども、笠原みどりさんの話によると、実のところ、話はもう少し複雑らしい。


「実は、単に避難勧告が出されただけではなくて。これは内緒なんだけどね、避難勧告は嘘だったの」


「え? どういうこと?」私は驚きを隠せなかった。


「あたしもびっくりしたんだけどさ、町が、空を飛んだんだよ」


「…………」


 笠原みどりさんの話では、不思議な力を持った女の子――たしか、アスミだか、アスカだか、アスナだか、そんなような名前だった――の力と、風車が回転することで生まれた気流によって町を支える強固な岩盤ごと浮き上がり、しばらく飛行し、見事な着水を決めたのだそう。つまり、古代文明の遺産を操る力を持っていたがゆえに、女の子は色々な軍隊に狙われていて、予想される苦難から逃れるために、町ごと空を飛んだという、嘘みたいな話だ。


 妄想の類かと思って、周囲の人々に彼女のことを聞いて回り、それとなく確かめてみたのだけれど、笠原さんは真面目で、普通の女の子らしく現実的な思考をする人で、多少噂話が好きではあるけれど、ファンタジックな妄想に夢中になることは考えにくいという評価だった。私もそう思う。


 そうは言っても、あんないかれた話を簡単に信じてしまうほど子供ではないつもりだ。


 高校生。しかも三年生。この間十八歳になった。


 もう子供じゃない。子供では居られない。笠原さんだって、年齢は十八か、十七。最高学年。自分の行動に責任を持たねばならないと決意を新たにするような年頃だ。だから、まだ迷っている段階だけども、笠原みどりさんの言っていることは、実際にあった話なんじゃないかって思い始めている。


 二つ目の疑問である、どういう高校なのか、という問いに関しては、私も、まだ転入してきたばかりなので、これから明らかにしていきたいと考えている。


 仲良く話せるようになった人の話だと、「以前より美しい校舎、以前より高等な教育、驚くべきことにコンビニが建物の中に入っている等、これまでとは別格の便利さで、近所に遊び場もいっぱいある。電車をはじめて見たり、踏み切りにも感動させられた」とマシンガンのように感動をぶつけられたわけだけど……私にとっては、どうだろう。


 新しい生活に胸が高鳴る。と言いたいところだけど、不安の方が大きい。ちゃんとクラスに溶け込めないまま夏休みに入ってしまったので、皆の記憶の中から少しずつ私という存在が消えていってしまっているんじゃないかと心配で仕方がないのだ。




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