超能力暴走バトル編_43
☆
その後、どうなったかをほんの少しだけ。
海の上。避難の砕氷船の上、雲ひとつ無い快晴の下。自動販売機がいくつか設置されておりベンチのような木製椅子が何基も並んだ甲板上の休憩所にて、達矢は休憩とは程遠いことになっていた。
腕を縛られ、それはもうまるで犯罪者のよう。いや実際、そこで行われているのは裁判のようなものであり、逃げ場の無い海の上で断罪されている。
氷の上を進む船。他の皆はダウンジャケットとかポンチョとかコタツに足入れたりと厚着なのに、達矢だけ半袖Tシャツ姿に短パンという拷問状態である。まぁ、それはまさしく目的は拷問に近いものがあったのだが。
目の前に大股で立ち、腕組をしている厚着の上井草まつりは、達矢を思い切り見下ろしていた。今にも引っ叩いたり、殴ったり、流氷浮かぶ海に放り投げそうな剣呑な雰囲気である。
「で、何をしたんだ、キミ。言ってみろ」
まつりは、達矢をにらみつけた。
「ところで、明日香から何か聞いてるのか? 俺が、その、何かしたとか」
「言ってたぞ」
マジかよ、と達矢はショックだった。そうなると、余程キスされたことが嫌だったということになると考えたからだ。誰か他の人に見られたわけでも無いのだから、二人だけの秘密にしておけばいいのに、それを誰かに喋った上でまつりに責められているということは、明日香が望んで達矢を断罪したいからだと考えた。
「ひどいことしたらしいじゃないか。何をしたんだ」
おや、と達矢は希望に胸ふくらませる。まつりが知らないということは、やはり明日香はキスされたことを皆に黙っているようだと。だとすると嫌われているわけではないんじゃないかと。それはただの希望的観測であり、嫌われるのとキスされたことを誰にも言わないってのは別問題のような気もするが、とにかく達矢は寒くて冷静な判断なんて不可能だった。
「それより、まつり」
「なんだ」
「寒いんだが」
「おとなしく自らのやったことを白状すれば、濡れた服の一枚くらい着せてやる」
「それ逆に死なない? 凍ったりしちゃわない?」
「ははは、しちゃうかもねぇ」
笑い事ではない。
「とにかく、事情を説明しろ。町が涼しくなった後、連れてくるの大変だったんだぞ。明日香のやつ、ずっと寮の自分の部屋に篭もっちまってさ、最終的には扉ぶっ壊して連れ出したけどな」
「何ででしょうねぇ」
「とぼけんの?」
拳を握り締めていた女が目の前にいたが、達矢は口を割らなかった。
バゴン、と木片が舞った。まつりのそばに置いてあった机、かつて教室の備品だった机が割れた。まつりが手刀で割ったのだ。
「俺は、何も悪くない!」
「だから、教室で何があったのかって聞いてんの!」
「答えたくない」
達矢にとっては大事な記憶だからだろうか。
「マジで殺すぞ、あぁ?」
胸倉を掴んで、にらみつける上井草まつり。いかにも不良らしい行為である。
と、その時であった。
「もうダメです達矢さん。もう秘密にしておくのも限界でしょう。このままでは達矢さんが死んでしまいます!」
そう言いながらコタツの方から飛び出してきたのは、幽霊の本子さんで、利奈の背中からまた抜け出て来たようだ。
なお、甲板上にコタツを広げているのは、紗夜子、利奈、緒里絵、みどりの四人である。那美音とアルファは船の操縦に忙しいようで、操舵室。華江さんは寒いのが苦手なので、船室で布団敷いて転がっている。若山と秀雄と風間史紘も船室にいて、好きなアイドルの話で意気投合して大声で雑談していたものだから、寝ている華江に枕を投げつけられたりしていた。最後に、怪我で包帯まみれのDくんと中華店員ちゃんは、船内の病室で二人きりだった。
ちなみに、Dくんは、まつりに振られた。言いなりにならないからという頭のおかしな理由なのだが、彼のそばにはいつも中華店員ちゃんが居てくれるので、むしろ丸くおさまったのかもしれない。
甲板上に視点を戻そう。
「本子ちゃん、何か知ってんのか?」
「はい、まつりさん。実は今まで達矢さんに口止めされていたのですが」
「おい、口止めした記憶はないぞ!」
「じゃあ、言ってもいいんですか」
「い、言うな」
「でも言わなかったら達矢さんが本子と一緒の存在になっちゃうかもです」
「幽霊になるってことか? そんなのゴメンだ」
「ええ、そうでしょう。ですから、達矢さんを助けるために言いますね」
するとまつりは「何だよ」と言って真剣に耳を傾けた。もう真実を暴露する気満々の、白い服の幽霊の言葉に。
「実はですね、明日香さんの意識が戻る前、眠っている時にですね、達矢さんは、明日香さんにあることをしたのです」
「何だよ、あることって。まさか、キスとかじゃねぇだろうなぁ」
まつりとしてはふざけて言ったつもりだった。絶対そんなことないだろうってんで、半笑いで、冗談のつもりでしかなかった。
しかし、本子ちゃんは見事当てられたことで黙り、達矢も視線を落としたことから、まつりはどうやら信じがたいことだけど正解のようだという結論に至る。
「あ……え……? まじ?」
達矢も本子も答えなかった。その気まずい沈黙が肯定を意味しているのは言うまでもない。
まつりが、どうしたもんかと黙っていると、口を出したのは、コタツでミカンとか食ってくつろいでいる四人衆だった。
まずはみどりが「最低」と吐き捨てたのを皮切りに、「最低だにゃん」「たっちー、みそこなった、なんでそんな子になった」「やっていいことと悪いことがあるっしょ」といった感じで、緒里絵、紗夜子、利奈が続いた。
まつりも、「さすがに弁護のしようがないな」とか元々弁護なんてする気は微塵も無いくせに呆れポーズでそう言った。
そこでようやく達矢が反論にならない反論を開始する。
「じゃ、じゃあ、どうすりゃよかったってんだ。そもそもだな、本子さんが明日香はこのままだと目覚めないって言って、王子様のキスが必要だって言ったんだぞ!」
まつりは言う。
「うーん、本子ちゃんが王子様のキスが必要って言ったんだろ?」
「ああ、そうだ」
「キミ、王子様気取りかっ」
「どういう……」
「フツーに考えりゃ、王子っぽいのはDとかフミーンだろ。あるいは若山とかカオリの弟ってセンもあるけどな。少なくとも、キミみたいなプチ不良、お呼びじゃないんだよ!」
するとさらに畳み掛けるようにみどりが言う。
「戸部くん。寝てる人にキスするとか、それ重大な性犯罪だよ?」
「いや、えっと、その……」
達矢は申し開きの言葉を必死に探したが、
「何だよ、続く言葉を言ってみろ」
というまつりの言葉に追い詰められ、いくつもの視線もおそろしいし、
「ごめんなさい!」
謝罪しか、出てこなかった。謝るのなら明日香に謝るべきなのだが、そこに明日香は居らず、階下の船倉で膝を抱えて悩める少女になっているので、それは明日香には届かなかった。
「独房入り!」
「ええっ? あやまったのにどうして!」
「どくぼーどくぼー、いえーい!」
とかって、コタツの方で緒里絵がはやし立てる。
「で、でも、違うんだ、本子ちゃんが、キスしろって……」
すると本子ちゃんはフワフワ浮かびながら言う。
「本子は、キスすべきと言っただけで、別に唇にしろとは一言も言ってないですよ」
はっとした。そういやそうだと思った。でも納得はいかないというか、何だか後には引けなかった。
「う、裏切りだぁ!」
「裏切るも何も、達矢さんと手を組んだ記憶は無いです。すっかり本子の存在を無視して何度もチュウチュウしちゃってましたから反省すべきです。達矢さん最悪でっす」
本子ちゃんの言葉に、コタツではヒソヒソと、「何度もしたんだってよ、カオリ」「うらやましいにゃん。あたしも誰かとチュウしたいにゃん」とかそんな会話があった。みどりは、もう言葉もないようで、クラスメイトの犯罪行為に信じられないような様子でいっぱいだった。そして利奈は、頬を紅潮させてポケーっとしてキスシーンを妄想していた。
んで、まつりは言う。
「はい牢屋!」
「独房からランクアップ?」
「それとも無明の闇を誇る特別反省室でも行くかぁ?」
「あ、えっと、もう牢屋でいいです、ハイ。なんかすんません」
「あ、つってもここ船の上じゃん。牢屋とか無いからな。超せまい船倉あたりにぶちこんでおくか」
そういったわけで、達矢は先客の居た船倉に、まつりに放り投げ落とされる形で入れられることになった。




