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超能力暴走バトル編_40

 教室内で燃え上がっていた炎は、突然吹いた強力な突風によって鎮火した。


 どっかの神様が気を利かせて消してくれたのだろう。そのままでは達矢たちが逃げていってしまうと考えたからかもしれない。


 で、床に落ちて、教室内の色々を燃やしたり溶かしたりして、嫌なニオイを発生させまくっていた宝刀を拾ったのは、達矢。オレンジ色っぽい物体は、今度は達矢の手におさまった。これで達矢は壺と宝刀という二つの宝具を同時に持つ形になる。


 それで、本子ちゃんは「おお」と感激に満ちた声を発し、


「達矢さん。まるで伝説の英雄のようです。かつて炎の剣と風の壺を用い、魔を(はら)ったとされる英雄の再来です!」


「へへ、そうか?」


 まんざらでもない様子だった。何だかんだ言って、達矢も男である。ヒーローに憧れたりもするのだ。たとえば授業中、突然四階の窓の外から暴漢が乱入してきた時に、いかにしてそいつを倒すかというのにも思い巡らせたりするくらいには。


 シミュレーションした状況とはだいぶ違うが、町を救うヒーローに一番近い場所に、達矢は居る。


 利奈が情けないことにトイレの個室に駆け込む――そっちの方がオバケや妖怪の類に対する恐怖は増しそうなものだが――という形で逃げ出してしまったので、達矢は一人きりで戦闘を強いられることとなった。いや、かえって利奈は足手まといだったからむしろ理想的な形かもしれない。


 というわけで……そう、町の命運は、達矢の双肩にかかっている!


 そして本子ちゃんは言う。


「悪の炎はまやかしです。善は本物の炎なのです」


 燃え盛る刀を右手で握り締める。左の腕には家宝の壺。


 戸部達矢の最後の戦いが、今はじまる!


 とまぁ、盛り上げようとしてみたものの、それほど派手な方法で救えるほど、現実はドリーミーではない。


 達矢の戦い方は実に地味なものだった。いやしかし、とても正しい伝承通りの戦い方なのだが。


 壺の口を相手に向けると、まるで重力に引っ張られて落ちる蛇口の水のように、炎がトロトロと引っ張られてきた。そのまま腕に抱えて向け続けてるが、今度は重力に逆らうように動きを止める。そこで達矢がピンときて、二十センチくらいの長さのところを揺らめく宝刀で斬る。そうすると、壺の中へと炎の塊が入っていき、それを何度も繰り返すというわけである。


 つまり、いわゆる封魔の壺で相手の射程範囲外から少しずつ吸い寄せながら斬るというもの。なんか工場の流れ作業みたいである。伸びてきて、斬って、伸びてきて、また斬って。


 その時の達矢の心境は、棒状の菓子を等間隔に切り分けるマシン、その刃物を支えるそのアームにでもなった気分といったところか。


 しかし達矢は苦痛というわけではなかった。次々に吸い込まれていく炎を見つめたり、次第に減っていく明日香を包む光とかを実感できたから。


 たとえば、達矢はあまりコンピュータ関連に詳しくないので、この喩えが適切なのかどうか微妙なところだが、達矢のタイプとしてはパソコンにソフトウェアをインストールしたり、大容量データをダウンロードしたりする時に、進捗ゲージが少しずつ溜まっていくのをボケーっと眺めているのが何だか楽しいと感じてしまう人間だからだ。


 戦わずして勝つ。それは至上のことである。大規模なフィールドで戦えば、誰かが傷つく。コントロール不能な強大な力である以上、町を救う唯一の方法は敵を壺の中にしまい込み、二度と抜け出ないように確実に封印しておくこと。少しずつ、少しずつ、時間をかけて削っていけば、達矢の腕とかが少し疲れるだけで解決するのだ。


 邪魔する人間など、誰も居ない。そばに居る幽霊はフワフワ浮いているだけだ。


「明日香。何が気に入らなかったのか知らないけどな、こんな形で迷惑かけたんだから、ちゃんと謝れよ。俺以外の皆にさ」


 しかし、明日香は答えない。何の反応も示さない。


「まったく、仕方ない親分だよ、お前は」


 達矢は呆れたように言って、小さく笑う。


 相変わらず目は死んだように濁っていた。


 明日香が暴走する前までの達矢との関係は、転校初日の朝に蹴りをかましたり一緒にふざけた自己紹介した後に、達矢が窓際最後尾の椅子とり競争に敗北する形で親分と子分が決定。まぁ、どういう道を歩むにせよ、達矢が明日香と出会った時は、一度は子分と親分の関係になるのは確定事項なのである。


「お前との思い出なんて、そうそうあるわけじゃないけど、でも、何でかお前のこと、すげー気になってたんだぜ。いきなり飛び蹴りかましてきたからかな」


 しかし明日香は答えない。


「あと、親近感ってのかな。同じように、大したことない罪状で掃き溜めに連れて来られたから、すげえ近くに思えてさ」


 明日香の肉体は虚空を見つめている。


 達矢の壺に吸い取られ続ける炎。


「なんか、うまく言えないな。なんかお前さ、すげえいつも偉そうにしてるけど、でもそれ虚勢っていうかさ、強がりに見えて、プライド高くてさ、いや俺もクソみたいなプライドは結構高いから何となくわかるんだけどさ、いや、えっと、こういうこと言うのって、おこがましいっていうか、偉そうで申し訳ないんだけどさ」


 そして達矢は、しっかりと明日香を見据えて言うのだ。


「守ってやりたいって、助けたいって、思うんだよ。思ったんだよ。それはきっと、出会った時に」


 そんなタイミングで明日香を包んでいた紅色の光が消え、その頃にはもう、教室内の熱は(いちじる)しく下がっていた。ようやく、そこに居ても汗が出てこないくらいに。


 幽霊は言う。


「さぁ、達矢さん! 準備は整いました! 今こそ炎をもって炎を征すのです!」


 とはいえ、達矢はそう言われてもハッキリどうしたら良いのかわからない。


「え、ああ。本子さん、これは、どうすりゃいいんだ?」


「斬ってください」


 沈黙が流れた。


「えっと明日香を?」


「はい、紅野明日香さんを」


「…………あの、これ本当に斬っちゃって大丈夫なのか? 死んだりしないか?」


「大丈夫です! たとえ死んでも、町がドロドロに溶けちゃうよりマシです!」


「…………いや、実際どっちなんだ? 明日香が死んじゃうなら、やっぱ斬りたくないぞ?」


「死にません! むしろ放っておいたら、確実に明日香さんは戻ってきません!」


「なるほど、わかった。とにかくやれば良いんだな? 本子ちゃんを信じるぜ!」


「はい、あ、でも明日香さんが首から掛けているペンダントは斬ってはいけません。あれが、今の明日香さん本体ですから」


 達矢は心の中で、よし、と唱え、壺を地面に置いて、両手で炎の剣を握り、じりじりと近付く。


 明日香は、窓際最後尾のいつもの席から立ち上がり、焦点の定まっていない瞳を載せた顔を達矢の方に向けた。防御範囲内に入ったからだろう。


 とはいえ、もう明日香に纏う炎は無い。全ての炎は壺の中。あとは明日香の体をスパリと炎の剣で通過させれば、完全に切り離されるだろう。


 達矢と明日香、二人きりの戦い。明日香は全く抵抗する気配を見せない。怯えも震えも無く、ただ達矢のシルエットをボンヤリと感情の無い目で見つめている。


「明日香、いま、助けてやるからな」


 そして達矢は、剣を抜き銅を打つように振り抜いた。炎の宝刀は不思議なことに明日香の腹部を通り抜けた。




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