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超能力暴走バトル編_37

 落ち着いて話そう。そう思って、中華店員ちゃんは席を立った。


 まるで宮廷フルコースかといった料理が二人席のテーブル六つ並べた場所に広げてあった。


 思わずDを吹っ飛ばして逃げてしまったけれど、ヤケ食いしようと用意した料理をDと一緒に食べようと考えた。仲直りの印に。


 店員ちゃんは反省していた。Dを思い切り殴り飛ばしてしまったことを。


 だから、まず謝って、落ち着いて、もう一回自分の気持ちをわかりやすく伝えようと思った。抱きついてもダメならキスくらいしないと気付いてもらえないのではと思ったが、そこまでする勇気は出ず、無理に奪い取るのも何かが違うと考えたので、ひとまず一緒に食事をしながら、全力で気持ちを伝えようと思ったのだ。口下手な自分でも必死に伝えようとすれば、相手も何かを感じ取ってくれるのではないかという期待もある。


 というわけで、とにかく湖に向かい、Dの身柄を確保することにした。


 しかし、中華店員ちゃんが湖に行ってみると、Dの姿は湖畔になく、小島にも無かった。小島には、代わりに体操服姿の上井草まつりが立っていた。ずぶぬれだった。


 沸点が異常に低いと評判のまつりは、店員ちゃんの姿に気付くと、妙にイライラした口調で、


「あぁ? 何みてんだよ。何だよ、やるか?」


 因縁をつけた。


 最初から喧嘩腰で向かってくる相手だったが、店員ちゃんは冷静だ。湖畔から、十数メートル離れた小島に向かって、いつもより大きめの声で言う。


「そこらへん、Dが居なかった?」


 すると上井草まつりは、体育着の袖がおちてきたのを、まくりあげながら、


「D? ああ、あいつなら湖に突き落とした」


「え」


 Dを思いっきりぶっ飛ばした店員ちゃんである。彼が怪我していると確信していた。それを湖に突き落としたということは、溺れてしまっている可能性がある。ならば、潜って何とか助けないといけない。


 まつりは言う。


「あんたさぁ、Dに妙に深入りしてっけど、どうなの?」


「…………?」


「いやさ、実は、おりえってわかるか?」


「穂高緒里絵」


「そう、そいつだ。そいつが、Dのこと好きなんだ」


「知ってる」


「そうか。あんたはどうなんだ?」


「どうって?」


「あんた、Dのこと好きなのか?」


 店員ちゃんは迷いなく頷いた。


「ほへー、そうなの。道理で師匠とかやってるわけだ。んじゃDは、あんたのこと好きなのか?」


 店員ちゃんは俯いた。


 すると上井草まつりは、それまでよりも大きな声で、


「なるほど、どうなんだ、D?」


 どうもこうもなかった。


 Dは、空を見つめながら水面に浮いていた。疲れて動けないでいたが、意識はあるし、店員ちゃんが来たことにも気付いていた。耳まで水につかっていたため、店員ちゃんの発する言葉の詳細はつかめず、距離の近いまつりが呼びかける声しか聴こえていなかった。


「何がっすか……」


 そして「えっ」と、そこにDが居るの、とばかりの驚きボイスを上げる店員ちゃん。


「つまりなぁ、お前のこと好きってヤツがいっぱい居るんだよ」


「なっ、まつり姐さん、オレのこと好きなんすか?」


「お前、なんだその思考回路は」


「んん? どういうことっすか」


 Dは言って、ようやく動き出した体で、まつりの立つ丸い小島にザバっと上陸した。髪から、服から、なまぐさい水がしたたり落ちる。


「お前の師匠居るだろ」


「はぁ、居ますね、目の前に」


「その師匠が、お前のこと好きなんだってよ」


 その瞬間、中華店員は真っ赤になった。そして、まつりに殴りかかった。


「上井草まつり!」


 叫びながら。


「お。何だよ、やんのか?」


 高速で飛び掛った店員ちゃんだが、正面から受け止められた。


 テクニカルなタイプの中華店員ちゃんが歯を食いしばって力押しするほど、彼女にとっては許せないことだった。だって、自分で伝えたかった。Dを好きだという思いを、全身全霊で。それを先に上井草まつりにハッキリと言われたものだから波立った。


 先刻自分の口から好きだとは言ったが、伝わらなかった。伝わらなければ意味が無いのだ。そして、自分で伝えなければ、大きさや強さが劣化してしまうんじゃないかと思ったのだ。


 やがて、まつりが勝った。


 正面からの力押しで勝てる相手ではない。卑怯な手を使ったり、ルールの穴をついたりすれば勝てる可能性はあるし、技術的な種目はまた別なのだが、こと体と体のぶつかり合い、力と力のせめぎ合いにおいて勝てる人間など、この町には居ないと言っていい。


 Dくんやみどりや不良Aクラスの相手なら子ども扱いするくらいの中華店員ちゃんをもってしても、上井草まつりと比すれば圧倒的に劣る。


 師匠にして店員ちゃんでもある女子は吹き飛ばされ、三角形の小島に背中から落ちた。


 Dは、痛みをおして再び飛び込み、師匠の倒れた三角形の小島へと泳ぎ、再上陸する。


「師匠……」


 Dが三角小島に上がったとき、中華店員ちゃんは既に起き上がっていた。


「ばか」


「はい?」


「ばかだよ」


「何がっすか」


「あなたのこと」


「何言ってるんすか」


「どうして気付かないの?」


「え、いやだから、何にっすか?」


「好きだって言ってる。何回も、なのに」


「それは……もしかして師匠はオレのことが好きという意味ですか?」


 中華店員ちゃんは無表情のまま頷きながら、


「あたりまえ。何回も言った」


 Dは、にわかには信じがたいといった顔をしていた。師匠は師匠であって師匠なのだ。いつも無表情で、怒られることばかりだし、まさか師匠に好かれているとは夢にも思わず。それに、


「いや、でも、オレ、故郷に待ってる人が――」


「じゃあ何で、何で帰らなかった! 一斉に避難がはじまって、元の町に帰れた状況で、何で!」


 Dは、しばらく黙った。自分でも、どうしてそうしなかったのか理解できなかったからだ。そしてDは、自分で納得のいく理由を探した。


「えっと……きっと、こわかったんじゃないかと思います。上井草まつりに負けっぱなしだったこともありますけど、いざ帰って誰も自分を待っていなかったらって考えたら、その、やっぱり……」


「きらい」


 涙が流れた。


「あ、そんな……」


「ばか」


「ど、どうすればいいっすかねぇ」


 Dは困ってしまって、背後の小島を振り返った。まつりに訊いても、どうにもならないどころか、それは師匠ちゃんを悲しくさせるだけだっただろう。


 まつりは、「さあ」としか答えなかった。


 中華店員ちゃんは、掌で涙を拭った。でも、また次から次へと流れ出す。


「お、オレ、あの、オレ、わかんないっすけど、えっと、師匠のこと好きかどうかとかそんなの、考えたことなかったですけど――」


「D」


「な、なんすか師匠」


「穂高緒里絵と、どっちが好き?」


「はい?」


「…………」


 そしてDは答えた。


 自らの師匠、中華店員ちゃんの名前を呼び、そして、更に続けて言うのだ。


「いや、でもオレ、一番好きな人は上井草まつりなんすよね」


 まつりはびっくり。


「うぇ? あっれ、だってお前……なっ……えぇっ?」


 中華店員ちゃんも一瞬喜んでたのが嘘のようにびっくり。そして、中華店員ちゃんは悔しそうに、冷静な彼女らしくない叫び声を上げる、


「上井草まつりィ!」


 悲痛そうに。


 泣きながら飛び掛る。小島から小島へ飛ぶ。


 まつりは、その攻撃を受け止める。反撃はせず、ただ受け止める。


「えっと、ごめん。なんか、ごめん。どうしたらいい?」


「何でよぉ!」


 泣きながら、殴りつける。次々に繰り出された拳は、次々にまつりの掌におさまった。


 やがて、「うぇっく、ひっく」としゃくりあげて泣いている中華店員ちゃんの拳は止まり、静寂が訪れた。


 どうしよう、とDは呟き、頭をかいた。


 どうしよう、と思ったのは上井草まつりも一緒だ。何故ならば大事な幼馴染の緒里絵が想いを寄せている人が自分のこと好きだと言っているのだから。


 まつりには、明確に好きだと言える人が居ない。本当は居るけど気付いていないだけなのだが、まぁそれが誰なのかは置いておいて、とにかく「好き」と言われたら、まんざらでもなくて、ちょっと付き合ってみてもいいのかな、と思うくらいには成長しているわけだ。


 好きだと言われると好きになってしまうという現象に近い。何せ、今までまつりのことを好きだと言う人間などほぼ居なかったのだから。人から想いを寄せられるということに対して、免疫がないというか、慣れていないから、たまらなく嬉しいのだ。


 かといって、この場合だと、さあ恋人というわけにもいかない。いくらDくんが顔もスタイルも良いスーパーなイケメンだったとしても、まつりには穂高緒里絵という自分を慕う妹分みたいな幼馴染が居て、その子に憎まれたり怨まれたりするのは避けたい。よって、好きだという言葉への、まつりの返答は、


「あたしは、別にお前なんか好きじゃない。しね」


 何で最後に「しね」とかくっつけるのか理解に苦しむのだが、絶対に付き合わないぞという強調であり、かえって優しいスッパリ感を演出したがったのかもしれない。


 しかし、この言葉を耳にして惨めになっちゃったのは、中華店員ちゃんである。Dの方は、もう最初から「上井草まつりは、きっと誰とも恋愛とかしないはずっす」という微妙に失礼なイメージを抱いていたため、別にショックではなかったが、店員ちゃんとしては、とにかく大好きなDくんにフラれた上に、そのDくんが上井草まつりにフラれて、なんかもう、心の中の自分自身はフラフラで、今すぐにでもショッピングセンターに行ってヤケ食いしたいと思った。


 ――そうだヤケ食いだ。それしかない、そうしよう。もうダメだ。この場に居たくない。


「……ばかぁ」


 泣きながら言い残し、小島の土を蹴って高く高く舞い上がり、湖畔に着地し、彼女にしては珍しいことにフラフラしながら去っていく。まるで酔っ払いの千鳥足みたいな感じで。


 二人きり残された、まつりとD。


「あのな、Dくん」


「何すか、姐さん」


「お願いだ。好きにならないでくれ」


「無理っす」


「うー、あぁ、もう。あたしは、このことをカオリにどう言えば……」


「素直に言うしかないんじゃないっすかね」


「うー……何でこんなに上手くいかないんだよ」


「日ごろの行いじゃないっすか?」


「しねぇ!」


 そしてDは、離れた島から彗星のごとく吹っ飛んできた上井草まつりの飛び蹴りによって、すでに痛めた腹に足裏での蹴りをくらって苦悶の表情で吹っ飛び、湖の上を水切りで跳ねる平たい石のごとく四回ほど跳ねた。くるくると回転しながら柵にぶつかって跳ね上がり、平らかな湖畔に落下し、急斜面を転げ落ちるかのように回転して、やがて沈黙した。


 風が、強く、吹き抜ける。


「いってて……」


 苦しげに起き上がろうとしたDは、地面に手をついた。


「これが、自分のこと好きだって言った男に対する仕打ちっすか……」


「何か文句あんのか! ころすぞ!」


「最低っすね、姐さん」


「あたしは、いつもこんなじゃねぇか! こんなあたしのどこが好きなんだ」


「わかんないっす!」


「じゃあ好きじゃないんだろ。お前が本当に好きなのは、カオリなんだよ」


「絶対に違うっす!」


「あたしには、他に好きな人居んの!」


 嘘ではない。嘘ではないが、まつりは自分で未だその恋心に気付いていないので、「誰っすか?」とDに言われた時には、具体的に誰とは答えられず、「うぅ」とか「あぅ」とか声を漏らした挙句に、


「吹き飛べぇ!」


 と言いながら、Dの居た地点目掛けて上空から飛び蹴りを仕掛けたりするしかなかった。


「うおあっ!」


 何とか回避したが、湿った土の地面は爆ぜた。


 まつりは目の前の男を指差し、


「お前がくたばれば万事解決だ!」


「物騒っすよ! つーか、何か見誤ってるっす」


「うるさい!」


 Dは、撲殺されてはたまらないと腹の痛みに耐えながら逃げる。まつりはそれを、あえてゆっくりと追いかける。


 二人、学校へ。


 歩き、歩いて、Dは、はたと立ち止まる。風車並木を背に、まつりの家の目の前で。


「な、何だよ……D。急に、立ち止まって……」


「何度でも言います。オレの、カノジョになってくれないっすか」


 とても真面目な顔で。


 どうも、本当の本当にマジらしいとようやく確信できたまつりは、しばらく、二分くらい考え込んだ後に、


「……そんなに言うなら、ちょっとくらい付き合ってみても、いいけどな」


 などと小声で恥ずかしそうに目を逸らしながら。


「まじっすか!」


「いや、あくまであれだぞ、こう、清い。そう、清い交際をだな。そんでもって、合わないと思ったらすぐ別れんぞ」


「はい! それでいいっす! まつりの貧相な体なんかが目的じゃないっすから」


 すると上井草まつりは、ぶん殴った。


「いきなり呼び捨てかぁ!」


「かはぁっ!」


 死にそうな声出して空を飛んだ。しかし、師匠に鍛えられているDは、そうそう倒れない。少し膝が笑ってガクガクしているけれど。


「まつり姐さん、手、つないでいいっすか」


「ん、お、おう……」


 そして手を繋ぎ、再び学校に向かって風車並木を歩き出したのだが、


「ま、まつぅ、まつり、いた、痛い痛い、痛いイタイっす!」


 すさまじい握力でもって握り締めたらしく、Dは思わず目に涙を溜めた。痛い思いするとわかっていても、やはり本当に好きなのだろう。その顔は、ちょっと幸せそうだった。




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