超能力暴走バトル編_36
が、その時、本子ちゃんが信じらない続きを呟いた。
「……そうすれば吸い込もうという力が働き、刺激をあたえてしまい、たちどころに悪しき幻炎の化身の目覚めが進行してしまうでしょう」
利奈は、ちょっと何を言われたのか、わからなかった。少しの逡巡の後、ハッとして、
「って、ええっ、ダメなの? 向けちゃダメなのっ?」
「ダメです」
しかし、もう遅かった。利奈の持っていた壺は、すでに明日香に向けて、それまでよりも広く口を開け、利奈の頭くらいならすっぽり入ってしまうくらいになった。そして闇の炎にだけ有効な吸引力を発揮してしまう。
一瞬、明日香の身を包んでいた光彩の束が歪んだかと思ったら、火柱が立ち上がり、天井にぶつかって蛍光灯を焦がした。
それまで無かった、パチパチという火花の音。それまでよりも真っ赤に染まった明日香の瞳。
一段と、温度が上がり、達矢は服を脱ぎ捨てたくなった。
利奈は、「ひっ」と小さく怯えの悲鳴を漏らした。
達矢は、ただ静かに、様子を見守っていた。冷静に、自分にできることを見定めようと考えた。
対照的に、明日香は叫び出す。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
耳がおかしくなりそうな叫び声を上げた。苦しげだった。
身をよじらせ、くねらせ、苦悶の表情でもある。
それでもう、達矢も利奈も何かを考えている場合じゃないと痛感した。
しかしながら、逃げたいという気持ちは生物としては正解だろうが、明日香のクラスメイトとしては正解ではない。
――何とかして、何とかして。
ひとまず達矢は、利奈の腕から壺を奪い取り、その太古から吸引力の変わらない三億円の壺を用いて、炎を吸い込もうと試みる。
利奈は「どうすればいいの、どうすればいいの」と慌てていて、何ら役に立たない。やがて腰が抜けたのか、尻餅をついて、耳をふさいで目を閉じて、小刻みに震え出した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
声の続く限り、いや人間の肺活量から考えれば続かないはずの声を上げ続ける明日香。そんな声の中で、達矢は壺を構えたが、炎が壺に引っ張られて僅かに歪むくらいで、むしろ耐えがたく思えるほどの高熱が二人を襲ってしまう。
それで、達矢は壺を構えるのをやめて後ずさった。
「くっ、ダメか」
嗚呼もうダメだな、と思った。どうにもならない、とも思った。
ああああああという叫びの中で、慌てて本子に声をかける達矢は、
「本子さん、これは、あれか! やばいのか!」
大声でそう言った。
「やばいです! 暴走が第二段階に入ります! これはつまり目覚めの始まり。町の終わりの始まりです! 残された時間は、そうそうありません!」
止まない叫び声の中、なおも達矢と幽霊のキャッチボールは続く。
「そもそもこれは何なんだ! 明日香の正体は!」
「明日香さんは選ばれた存在です!」
「意味不明だあほか!」
「でも、今回の件は、その選定少女の絡みではないのです!」
「何から何まで意味不明だ!」
「たとえば、本子が善良な御霊だとします。そいで悪霊というものが居るとしたら、それは善良な本子とは対極の存在なわけです。本子という善良なオバケが居るのだから悪霊も居るっしょ、といった当然の状況!」
「もっとわかりやすく!」
「さっきもちょろっと言いましたが、実は、今、明日香さんに憑いてるのは、本子です。何といいますか、もう一人の本子です。リバーシの黒と白です!」
「つまり、お前のせいってことか!」
「いえ、違います」
「何で!」
「ちがうんです!」
「だから何で!」
「いえ、まぁ、ある意味で違わないんですけど、仕方ないことっていうか……」
「要するに何だ!」
「かつて、瓶に封印された本子の半身は、悪意の塊だったわけです。それが目覚めてしまったのです」
「誰のせいで!」
すると本子ちゃんは頭を振って、
「知りません!」
「なんだとぅ」
「元々、本子はブックではなく人間なのです。だから、完全な善良なんてあまりにも困難で、本質的問題で裏表があるのは当然。なので暗黒な部分が本子の中にも存在しておりまして。つまり、今、どっかに封印されてたはずのダーク本子を煮しめたような部分が、明日香さんを支配しているのです」
「じゃあお前のせいじゃん!」
「そんなことを言われましても……」
明日香は、まだ「あああああ」と絶叫を続け、利奈は怯えて耳を塞いで目も強く閉じたままだ。達矢も饒舌に叫んでいるのは恐怖を押し込めるための強がりかもしれない。
達矢は戸の枠の向こうで苦しむように叫び続ける明日香に視線を送って、おそろしくてすぐに目を逸らした後、何とか冷静になろうと自分に言い聞かせる。
「いやわかってる。何が原因とか、今はとりあえず置いておいてもいい。問題は、今。今どうするか」
頼れる人間が誰も居ない、アイテムも揃わない。そんな状況下で、怯えてガタガタ震える利奈をおぶって逃げようかとも思った。しかし、それは無駄だと打ち消した。一瞬で町の外に飛び出すほどのことをしないと、明日香の悪い方向での覚醒からは逃れられないだろう。
何せ、完全な覚醒を迎えれば地下にある古代兵器の存在すら混沌に帰しかねないほどの圧倒的な熱を瞬間的に生み出すのだから。
「両極の戦いは必然でもあるのです! だけど、戦いには常に痛みや犠牲がつきまとう! いくつもの悪意を押し込めて、善で照らし続けるためにこの村……いえ、もう町でしたね。この町のご先祖さまは、本子という善なる存在だけを残して、悪を封じ込める儀式を行いました。それはやがて形骸化しましたが、つい最近まで続いていました。悪を押し込めることそのものは、ある意味で不自然ではありましたけど、それによって民が安心したのは確かなのです! あらゆるものに表と裏があり、あらゆるものに悪と善があるのです!」
その時だった。
「何事だい! 何だい、この叫び声!」
廊下を駆けてやって来たのは、上井草まつり……かと思いきや、まつりの制服を着た年上の女だった。制服で一瞬まつりだと勘違いしたが、違う人。年齢で言えば熟女の域に達しているのだが、若く見える。凛としているけれど、実はかわいらしい人である。
「明日香が、ついにやばい段階に!」
達矢は事情を説明しようとしたが、そんな短い言葉しか思いつかなかった。しかし、穂高華江にはそれで十分だった。ピンチであるのかどうかが訊きたかっただけで、達矢の様子で明らかにまずい事態であることが理解できたから。
華江は宝刀を鞘から抜き取る。
「待たせたね、達矢さん、あと宮島んとこの娘っ」
鞘を投げた。後からとってつけた龍の彫刻が鞘から離れて落ちた。鞘は、そんなに長くない。せいぜい二十五センチ弱程度だ。しかしながら、刀身は、鞘よりも長く、長く、赤く且つ青く、ゆらめいていた。




