超能力暴走バトル編_35
壺を受け取ったのは、笠原みどりだった。
だったのだが、すぐに去った。
理由は、保健室に行ったからである。
みどりの体が悪いわけじゃない、そりゃ胸は小さいけれど、それで保健室行きになるのなら、那美音以外の幼馴染が芋づる式に保健室に運ばれなくてはならないだろうし……と、冗談を言っている場合ではない。
簡単に言えば、那美音を保健室へ連れて行ったのである。なお、老人は壺を渡すだけ渡して去っていった。
というわけで、残された二人と幽霊のうち、壺を持ったのは利奈っちだった。しっかりとくびれの部分を抱きかかえて持っている。
達矢と利奈が廊下から教室内を眺めつつ呆然と立ち尽くしていると、本子さんが声を出す。
「むむむっ、まずいですよ。そろそろ覚醒します」
「覚醒ってのは何だ」
「今までの熱なんて、ほんの序の口。一瞬のうちに地面を真っ赤に溶かしてしまうほどの規格外の高熱を発して、そうですねぇ、この町なんか一瞬で飲み込まれます」
「ええっ! それマジか!」
達矢は、そんな深刻な事態ならば、もう少し早く言って欲しかったとも思ったが、聞いたことでどうなるもんでもないと気付き、とりあえず溜息を吐いてみる。それどころか、聞かされたことで一瞬で溶け落ちる恐怖のイメージが脳内に広がり、むしろよくも言ってくれた素晴らしいという感情を抱いた。
何故素晴らしいと思ったか。
一瞬で周囲の世界ごと溶け落ちるのなら、きっと即死であろうし、だったら下手に何かを聞かされて恐怖を抱くよりも、わけもわからないまま死にたいと思ったのだ。
ナイフで急所じゃない場所をジワジワ刺されて死ぬか、考える間もないほど瞬間的に人としての形が吹っ飛ぶほどの衝撃やら圧力やら熱やらで死ぬ方が、痛みを感じない分楽なのではないかと。
しかし次の瞬間には、何よりも死にたくないぜという真っ白な感情に包まれた。
――自分に、何かできることは無いのか。
頼れる人は居ない。頼れそうな那美音なんかは頼るどころか敵であるし、そもそも気を失っている。
全く頼りにならない利奈がそばでは、どうにもならないと考えた。
と、考えた刹那にはもう、何事もなかったはずなのに、うっかりまたしても壺を壊すところであった。
「わっ、わっ、やばっ、やばばっ」
しっかり持っていたはずが、どうして脈絡なく腕をすり抜けてしまうのか謎で仕方ないのだが、それがドジっ娘の宿命なのかもしれない。
ふらつきながらも何とか落とさずに体勢を立て直す。
そして本子ちゃんがフワフワと浮いたまま、明日香を指差し、
「その壺を紅野明日香に向ければ……」
言いかけると、壺を持つ利奈は、コクリと深く頷いて。
「わかった。この壺を明日香に向ければいいのね」
そう言って、壺の口を教室後方の窓際に向けた。