超能力暴走バトル編_34
予想外の人物とは、誰なのか。
四階廊下に仰向けで寝転がる那美音が立ち上がったわけでもなく、理科室のヌシが戻ってきたわけでもない。
華江や緒里絵なら予想の範囲内であり、保健室で寝ているアルファも然りである。
穂高緒里絵の弟だったら確かに予想外ではあるが、彼はショッピングセンターでどう効率よく水を撒くかとホースやらノズルやらを物色していた。若山もそこに一緒に居る。
中華店員ちゃんは、Dくんに恋を気付いてもらえないストレスのあまりヤケ食いをしようと画策中であり、ショッピングセンター内の中華料理屋で鍋を振るって良い匂いをさせている。
風車も緩やかに回転を続けている。
Dくんは未だ師匠にやられた腹の痛みがおさまらず、丸い小島に寝転がって時折痛む箇所をさすっていた。
ロケット大好きムキムキ野郎の宮島父やら板前さんやら男子寮の寮長など、他の多くの人々は、わざわざ居るだけで汗ダラダラになる屋外に出たりせず、図書館で思い思いのことをしている。たとえば埃ひとつ乗っていない長いテーブルを活かし、本をネットがわりに立てて、卓球大会を開いていたりってくらいの緊張感の無さである。
図書館に居て卓球大会に興じている連中の中には、番長風の不良Aや、金髪の不良Bや、モヒカンの赤髪不良Cや、爆走リーゼント風の不良D、そしてインテリメガネ風の不良Eも含まれており、あまつさえ様子を見に行った風間史紘までもが楽しそうに笑いながら運動しているではないか。人々はもう諦めの中に居て、現実から逃避するがごとくカスカコン、カスカコンとラケットで球を叩いたりしている。ラケットと球は一体誰が持参したのだろうか。
というわけで、まつりたちの前に登場したのは……。
「こまっとるようじゃな」
杖をつき、プルプルと震えている老人だった。
目は閉じられているかのように細められ、かといって笑っているわけではない。
威厳のかけらもない、ヨボヨボで、ボケボケだと思われている上井草家のお爺さん。実質形だけになってはいるが、村長という立場の老人で、上井草まつりの祖父にあたる。
「じ、じいちゃん?」
予想外だった。さらに予想外だったのは、先刻あえなく砕け散った壺にソックリな汚い壺を抱えていたことだった。
プルプルと震える手は、今にも壺を落としそうだったが、とりあえずまつりは訊く、
「じいちゃん、その壺……」
しかし、まつりの祖父は質問に答えず、
「悪なる炎はまやかしじゃ。善なるものは、本物の炎なのじゃ」
意味不明な言葉を吐いた。しゃがれた声だった。
視線の先には、開いた扉から見える暴走過熱娘。
老人の言葉にウヌウヌと頷いたのは本子さんという名の幽霊だけで、他の人間には何を言ってるのだかサッパリだ。
そういや耳が遠かったんだ、と思い出したまつりは、耳元に歩み寄り、叫ぶ。
「ヘイ! じいちゃん!」
「なんじゃ」
「その壺はなに!」
期待と希望に満ち溢れた声を出した。
まつり的には、すりかえておいたのじゃ、とか言って欲しかったようだが、少しだけ違う、でも嬉しい答えが返って来る。
老人は二度ほど頷いた後、ショボショボのかすれた声で、
「割れたあれもそうじゃが、これも本物の封魔の壺じゃぁ。こんなこともあろうかと、もう一つ職人に作らせておいたのじゃ。特殊な匠の手による完全なる複製品。オリジナルと全く同じ性能を発揮できる逸品じゃぁ」
「おお! やるな、じいちゃん! ボケてたんじゃなかったのか!」
「はて、おぬし、誰じゃ?」
「何言ってんだ。一緒に住んでる孫の顔忘れたのか?」
しかし、老人は、まつりの問いには頷かず、
「わしの孫は、もっと素直で可愛いはずじゃ。ぷいっ」
「いやいやいや……」
「みどりちゃん、ウチの孫になってくれんかねぇ」
「え、でも、そんな、無理です。あたしはお父ちゃんの跡を継ぐし……」
さらに老人は、
「華江さんがウチの娘になってくれるってのもいいねぇ」
などと言って遠い目。
「いい加減にしろ耄碌じじい!」
思わず握り締めた拳を構えた。
「やめなよ、まつり! おじいちゃん相手に暴力とか人間のすることじゃない!」
と、利奈が慌てて止めようと叫ぶが、まつりは叫んだ。
「うるせー! 誰が面倒見てると思ってんだよぉ!」
ちなみに、穂高華江である。面倒を見ているのは華江さん。まつりはじいちゃん相手に何もしてあげていない。時々アリバイ的に店番してるだけである。
しかしまぁ、ボケたフリしてるだけで、本当はピンピンしている甘えたじいちゃんなので、実は華江の助けすらも必要としてないのだった。周囲は演技に騙されて、「ボケちゃって可哀想に」とか思うのだが。なので、華江としてはお茶飲み友達というくらいの認識である。
そしてボケたフリした老人の目は、もう一人の孫のことを口にする。
「ところで、あそこで寝とるのは、那美音かのう? 消えたはずの孫に会えるとは、ここは天国なのかもしれぬの」
みどりが答えて「ううん、あれは本当に那美音さんだよ。帰って来たんだよ」そう言って、営業スマイルを見せた。
「おぉぉ、いつもニセモノの孫だったが、ついに本物が帰って来おったかぁ」
すると、遠くで那美音は寝言を発した。
「うん」
「うんじゃねぇよ! なんだよニセモノの孫って! もーいいよ! しねよお前らぁ! 特にクソじじいは重点的にしねよぉ!」
全力で最悪レベルの捨て台詞を叫んで、まつりは四階の高さから中庭に飛び降り、見事に着地する。そのまま坂を駆け下り、泣きながら湖に体操服のまま飛び込んで激しいクロールを見せた。
やがて、丸い小島に上陸し、海に向かって叫ぶ。
「ばかやろー!」
強風に押し戻されて、声が海届くことはなかった。
と、そこに居たのは、男子生徒D。なんと、まつりは男子生徒Dの腹を思いっきり踏んづけていた。
「い、いおぅう」
という言葉にならない呻きを挙げるD。それもそのはず、師匠にやられた腹がアザになっていたから。
「ひっ、痛い、痛いっす! いた、なっ何すかっ、まつり姐さん」
しかし、何を言われても、今のまつりには届かない。憎しみという名の感情が渦巻いて、どうしようもなかった。
「うるさい、しね!」
とりあえず蹴飛ばされたDは、「おわっ」と声を上げて湖に落ちた。