超能力暴走バトル編_32
なんでこんなことになった。
そんな浜中紗夜子の声は灼熱の廊下に響き渡った。呟きだったが妙に大きく響いたのは、誰もが黙っていて、見たくない現実を見つめていたからだ。
何のことを言っているのかと言えば、今は明日香のことではない。走り去って行った穂高親子のことでもない。
とりあえず壺の効果を試そうという話になって、どれだけの吸引力を見せる壺なのか確かめたいということで、俺があたしがと達矢とまつりで争った。そこに紗夜子が割って入って、わたしもやりたい、などと言い出した。争う三人を止められる力は利奈や本子には無いし、みどりにだって無い。
結果、どうなったか。
一瞬は壺を引っ張り合った三人だったが、紗夜子が入ってきたことでまつりが手を離し、そのはずみで二人が仰向けに倒れ、その勢いで達矢が手を離し、最後に紗夜子の手を離れ、うっかり空中に浮かんだ薄汚れて埃かぶったとても三億円の価値があるとは思えない汚い壺は、壁にぶつかり、オーロラみたいな色で光る廊下にぶつかって砕け散った。
その後しばらくは皆、急病になったかのように青い顔をして黙っており、その沈黙を破ったのが、紗夜子だったのである。
「なんでこんなことになった」
紗夜子は静かに立ち上がった後そう言って、誰とも目を合わせないように斜め下に視線を落とした。
宮島利奈と笠原みどりは、まだ事態の意味が完全には理解できない様子だったが、何だかヤバそうだということは認識し、とりあえず無言でいた。
色々な知識で、何も知らない人間を導く立場の幽霊の本子さんは、その壺が砕け散ったことの意味を理解していて、
「詰みましたねー」
とかってヘラヘラ笑っていた。
志夏ならば、こんな時に何を笑っているんだ、と地団駄を踏んだだろう。
ことの深刻さと責任を、最も重く感じていたのは紗夜子だった。
そこで、紗夜子は、技を使うことにした。
右手のイタリア国旗の色したラインで目線を隠し、こう叫ぶ。
「エンジェルランナウェイ!」
説明しよう。エンジェルランナウェイとは、要するに逃走である。脱兎のごとく逃げ出す技というほどのものでもない行為である。何にでもエンジェルをつければ技になると思ってる紗夜子はちょっとばかし浅はかだと思う。
というか責任を感じているのなら、逃げ出すんじゃなくて、その場に居残って事態を収拾する努力をしろと言いたい。けれども、紗夜子にそんな扱いやすいマトモさがあったら苦労はしない。とことん勝手で思い通りにならない子なのである。
かくして、紗夜子は身を翻し、その場を蹴って走り出し、銃を片手に仰向けに倒れている那美音の姿に気付きながらも放置して、階段を飛びおり廊下をダッシュすると、理科室に飛び込んだ。
部屋の外壁が三分の一ほど吹き飛んで一見すれば廃墟に見えるほど崩れ、一部青空が見えてしまっているところもあるが、それに構うことなく壁の破片とかが転がっている万年床のベッドにダイブした。うつ伏せになって枕を後頭部にかぶる形で隠れ震えた。
とはいえ、頭隠して尻隠さず。全く隠れられていない状態だったが。