超能力暴走バトル編_31
フラフラしながらも、柳瀬那美音は立ち上がった。
紫のローブを脱ぎ捨てて、紫ブラウスと黒のジーンズという格好になる。膝の横に隠したナイフがちゃんと存在するのを確認する。階段に足をかける。
戦えるだけの力は、もう残っていない。笠原みどりの技は確かに効いていた。本来なら、二時間か三時間くらいは立ち上がれすらしないはずなのだが、普段から鍛えている那美音であるし、不思議な闇の炎の力も流れ込んでくるし、というわけで、何とか立ち上がったのだ。
銃を拾い上げた後、息荒く、壁に手をついて支えながら、階段を一段ずつ上り、四階へと辿り着く。
体力回復に全力で努める。心を読む力を使う余裕も無かった。心の余裕が足りていない。
霞む視界。目をこすると、馴染みのある人々の姿。
那美音には自信が無かった。
那美音の心は、ある意味で昔よりも弱くなったかもしれない。確かに戦えばまつりにあっさり勝てるくらいに強くなった。しかし、それは心を読める力を手に入れたからこそだ。もしも心を読まない戦いを強いられたら、そういったケースでの戦い方なんて知らないから、弱い。
そして、何より、幼馴染――いや町の人間と言った方がいいかもしれない――には、特別な理由さえ無ければ心を読む力を使いたくない那美音だ。けれども、読みたいとも知りたいとも思ってしまう。実際に戦いの際にまつりの心の表層を読んでしまった。読んでしまったが最後、迷いと自己嫌悪に支配されてしまう。
那美音には自信が無かった。戦いの自信が無いのではない。かつて別れの挨拶すらせずに別れてしまった幼馴染や妹と、変わってしまった人々と昔のような関係に戻れるのかと。関係を、自分を修復できるのかと。
那美音は、こわかった。変わってしまった関係の中に自分が入ったところで修復どころか崩壊がさらに進行し、挙句呪いの言葉を浴びせられるのではないかと。
那美音が紡いだ経験が生み出したものなんて、憎しみの連鎖ばかりだった。それはスパイだから致し方ないものである。
幼馴染が積んできたバラバラの時間は、ある意味那美音が奪った結果に生まれたものだ。共有できたはずの楽しい日々は、那美音が居なくなったことで崩壊した。年長でリーダーシップもあり、村長の座が約束された那美音さえ村から消えなければ……。
そうなっていない場合のことは、そうなったことが無いからわからない。しかし、那美音自身は自分が消えたせいで崩壊したと強く思い込んでいた。
まぁ崩壊させたのは妹の上井草まつり、彼女のあまりにひどい弱さによるところが大半だったような気がしないでもないが。
那美音は鮮明になった視界で、世界の姿を確認する。
仲の良かったマナカが居て、有能な片腕だったサハラが居て、よく知らない戸部達矢が居て、大好きな妹のマツリが居て、マツリの部下のマリナが居て、置かれた壺を五人で囲んで突っ立っていた。
どうやら重要な壺なようであり、それはつまり、今現在、那美音の親分みたいな存在である紅野明日香を脅かす存在だということでもある。
那美音は最後の一発が入った銃を構えた。なんとか動き出せたとはいえ、笠原みどりの秘奥義は那美音の体に深いダメージを負わせており、今にも意識が飛んで行きそうだった。
もう霞みかけた視界で銃を握る。震えた銃が、ピタリと止まる。引き金を絞る。
躊躇った。誰かが動いたら、誰かに当たってしまうかもしれないと思った。射撃は苦手だった。握る力を弱め、銃を下ろした。
ごろりと寝返りを打ち、天井を見上げる。大きく息を吐いた時、意識は闇に吸い込まれていった。




