超能力暴走バトル編_30
「いいかい緒里絵、よく聞きな」
「何だにゃん。その手を離すにゃん。いくらおかーさんといえど、Dくんとの絆である刀は絶対に渡さないにゃん」
「いいかい緒里絵。遥か昔の伝説があってね、悪いもんが出た時は、この刀でぶった切って、このあたしが担いでる壺で吸い取るって決まってんだよ」
「確かに三億円くらいしそうな高そうな壺だけど、それどうしたにゃん。どうやって手に入れたんだにゃん?」
「どうだっていいでしょ、そんなこと」
実はこの壺、上井草家の押入れ深くに眠っていたものである。ぶっちゃけてしまえば、神社が吹っ飛んだ際に当時権勢を誇っていた穂高家が管理するはずの宝物を、上井草家がすりかえて掠め取ったというもの。
つまり、穂高家に家宝として伝わっていた宝刀と壺のうち、宝刀は本物だが、壺の方ははじめからニセモノだったということだ。結果的に、割れたのがニセモノで良かったと言えるだろうか。
「……というわけで、わかったかい?」華江は状況を説明した。「あの炎のバケモノを倒すには、あんたの持ってる宝刀と、あたしの持ってる壺が不可欠なんだよ。だから、刀をよこしなさい」
「やだ」
「わかんない子だねぇ!」
「わかんないのは、おかーさんだにゃん。だったらおかーさんが壺をあたしに渡すべきだにゃん」
「あんたに渡したら、うっかり二秒で割るでしょうよ」
先刻ニセの壺を割った人が、そう言った。いや、割ったからこそ言えるのかもしれない。目の前の生意気な娘は彼女が育てた実の娘なのだから。
「そんなことないにゃん」
「あるね」
「ない」
「ある!」
「にゃい!」
「にゃ……あるわよ!」
「いま、にゃるって言いそうになったにゃん?」
「うっさい、殴るよ?」
「おかーさん。いい加減にするにゃん」
「親に向かって何だいその言い草。バカにしてんのかい」
「うむにゅん」
緒里絵は否定とも肯定ともとれないような返事を口にした後、
「たつにゃん。おかーさん、ききわけがないにゃん」
などといきなり戸部達矢に救いを求めた。
何で自分が指名されたのか、わけがわからない達矢だったが、とりあえず、
「おりえ。お前が悪い」
「ええぇ! 何でだにゃん!」
すると横から割り込んできたのは上井草まつりで、
「じゃあ、こうしよう。あたしが壺を片手に剣を振り回す役をやってやる」
どうも明日香に負けっぱなしなのが気に入らないようで、正義のヒロインとして活躍したいようだ。
風紀委員という立場であり、学園のトップを自負している身でもあるから、転校してきたばかりの発熱娘に負けっぱなしとあってはプライドが許さないといったところだろう。
しかし緒里絵は、宝刀を手放す気がない。
「いくらまつり姐さんといえども、これは渡せないにゃん。Dくんに渡す約束したんだにゃん」
それに対して華江さんは、「だから何度も言うように、そのDくんからそれを受け取る約束してんだよ」と言うが、緒里絵は絶対に手放す気は無いようだ。ギュッと抱きしめている。
「ていうかね、緒里絵。それは元々穂高家のもんだろう。今の穂高家の主は誰だい? 言ってみな」
「Dくん」
「アホか」
華江は、飛びかかろうと廊下を蹴る。しかし、そこはさすがに親子。その雰囲気をいち早く察知した緒里絵は、「はにゃーん」とか叫びながら逃げた。
事態を俯瞰している志夏にしてみれば、一体いつまでふざけてんのさっさと何とかしなさいよバカバカバカと言いたいだろうが、そうそう志夏の思い通りにならないことも経験上わかっていることであろう。俯瞰し諦観することに慣れた志夏は、何もしなかった。エアコン機能の発揮に忙しかったこともある。
廊下を走って逃げる緒里絵は宝刀をバトンがわりにしていた。壺をその場に置いてから追う華江。学生服姿の親子が走り回る光景が何だか非現実的なのだが、華江は図らずも学生時代のことを思い出し、郷愁にかられてしまって立ち止まった。
――よく、こんな風に追い掛け回したっけ。
遠く緒里絵の背中が、どうしてか今は町に居ない上井草まつりの母親の背中に重なった。全く似ても似つかなくて、身長も髪型も体型も頭の中身も全く違うのに。ただ制服を着た年下の女子を追いかける。その光景に。
ただ、あの頃と違うのは、今は正当な理由があって追いかけているということ。
「考えてみりゃ、別に追い掛け回すようなことでもなかったよな」
呟いて、一人笑う。
すると、曲がり角から顔だけ出して様子を窺っていた娘が、挑発するがごとく、
「おかーさん、一人で呟いて笑うとか、きもちわるいにゃん」
「何ぃ?」
駆け出す。娘は逃げ出す。すぐに転んだ。捕まえた。空の手を伸ばして娘は叫んだ。
「Dくん! たすけてDくん! 熟女に殴られる!」
しかし叫んだところで、Dくんは来なかった。その時、彼は湖の小島に寝転がり、風に吹かれながら体の痛みが引くのをじっと待っていたからだ。
緒里絵が「Dくんとの絆」と呼んだ宝刀は、穂高華江の手に落ちた。