超能力暴走バトル編_29
その頃、Dくんは愛想のない中華店員ちゃん――Dくんの師匠である女の子――に手を引かれ、湖のほとりに連れてかれていた。
Dくんは戸惑いながらも師匠についていき、こんな時に稽古でもつけられるんだろうかと思っていたのだが、待っていたのは中華店員ちゃんの予想外の一言だった。
無表情のまま、女の子は言った。
「……すきです」
隙ありとでも言われたのかと思った。かといって攻撃するわけでもなく、Dは意味がわからないとばかりに首を捻った。
「突然、何すか?」
「だから、すきです」
どうやら隙があるとかそういうことではないようだと悟り、何かを好きだと言っているようだ、とは確信に至った。しかし、何が好きなのか、ちょっとわからなかった。
この夏のような暑さが好きだとでも言うのかと思い、熱源のある学校の方を見上げた。
しかし、顔を掴まれ、無理矢理、女の子の方を向かされる。
「Dのこと、すき」
はてDのこととは何かと思い巡らせてみても、まさか自分自身そのもののこととは想像もつかなかった。
女は、こんなにやっても全く気付いてもらえていないということが理解できたようで、Dの頭を解放し、悔しそうに、恥ずかしそうに頬を染め、俯き、やがて、Dの胸にポスリと飛び込んだ。
もう実力行使である。スキンシップ篭絡大作戦である。
しかしながら、ニブいのレベルを超えてニブニブなDは、
「師匠? 何すか? 新技の伝授っすか?」
もうこのまま背骨へし折って一生つきっきりで看護してやろうかといった殺気を一瞬だけ放った店員ちゃんであったが、そうすることでDの人生を支配しても、双方に何ももたらさないであろう。というわけで、殺気を押さえ込みつつも、とりあえず首筋に浅く噛み付いた。
「いっ!」
ちくりとした痛みから声を上げたDだが、どうやら師匠の気に障るようなことをしたのだと考え、
「な、何すか師匠。オレ、何か悪いことしました?」
しかし、噛みつきを終えてDの胸に戻った師匠は、質問をスルーし、
「付き合って」
と、あくまで自分の意見を通そうとする。
しかしDは、まさか師匠が自分のことが好きだとは全くもって考えつかないので、
「どこに付き合うんすか? 今ちょっと、穂高さんのところに行って、報告しなきゃならないんですけど」
それで、女の子の目の色が変わった。穂高と言えば、Dを狙っている女子の名だったからだ。
「報告って、何」
中華店員ちゃんは、Dの胸に顔を押し付けながら、表情の無い冷たい声で言う。するとDは、
「穂高緒里絵って子と友達って形から付き合うことになったんすけど、それを彼女の母親に……」
「だめ」
「え」
「だめ」
「はい?」
「だめ」
「え、いや、でも、何で師匠がそんな……」
「だめったらだめ」
「何でですか?」
「好きだから」
「ん?」
とぼけているわけではないのだが、超がつくほどニブいDに対し大いなる怒りが込み上げたようで、中華店員ちゃんは遂に沸点に達し、
「いい加減にして!」
叫んだ。Dとしては、こんなにも感情的な師匠を見たことが無かった。
ゼロ距離からの正拳突きをかました。
みぞおちにヒットして、湖にある風車の柱にぶつかり、その衝撃によって、風車がメキメキと倒れ、轟音をあげて丸い小島にぶつかった後、着水。Dは水に仰向けにプカプカ浮いて、風車の方は沈んでいった。
「何でこんなに好きなのにわかってくんないの!」
店員ちゃんは叫んで、近場のベンチを蹴飛ばして雑木林に吹っ飛ばした、それによって三本ほど樹木がなぎ倒された。
店員ちゃんはショッピングセンターの方へと走っていく。
Dは一度湖に沈み、小島に漂着し、痛めた胸の辺りを撫でる。ゲホゲホと咳き込みながらも心の中で首を捻る。
――何なのか。一体、何がどうして何なのか。何故師匠は怒ったのか。
理解できないようだった。
「もしかして、師匠、穂高って子と仲悪いのかな」
当たらずしも遠からず。
しかし、中華店員ちゃんが可哀想である。