超能力暴走バトル編_28
ジャンケンで対決した。
負けたやつが明日香に挑むのな。といった提案をしたのが上井草まつりで、ジャンケンしたがるくせに圧倒的にジャンケン弱い達矢が一人負ける形で次の挑戦者が決まった。
まつりがあっさり撃退されたということは他の全員でかかっても勝てないことが明白であり、様子見という名の諦観モードが広がっていた。
笠原みどりは敗者にして挑戦者となった者を応援する。
「がんばって。戸部くんならできるよ。炎の中に手も突っ込める」
「いやいや、みどり、さすがにそれは……」
というわけで、挑むことになった達矢も、後方の戸から教室に入ってみたはいいものの、高まり続ける室温と、猛る炎への恐怖で廊下側の壁を伝って前方の戸に抜けただけだった。
達矢がゆっくりと戸をしめて「フゥ」とか言いながら額の汗を拭った時、
「おい、何してんだお前」
上井草まつりが責めるようにそう言った。
何の攻撃もしないのでは、ただの部屋を縦断するだけの度胸試しのようなものではないかと言いたいようだ。自分は炎をくらって恐怖だったんだから、達矢も激しく痛い目にあえゴキ○リの一件もあるし、とか思っていたのだろう。
しかし達矢は親指をビシリと立てながら、
「大丈夫、明日香はまだ部屋の中に居た」
まつりは呆れながら、
「まったく。キミに期待したあたしがバカだったよ」
「いやしかしまつり。よく考えてみろ。お前は超強いだろ?」
「え? うん、まぁね。褒めても拳くらいしか出ないけど」
「いや、拳はいらん。最後まで話をきけ」
「何だい偉そうに」
「だからな、まつり。まつりをもってしても負けるような相手に、俺が勝てるわけなかろう」
すると上井草まつりはこう言った。
「あたしは負けていない」
その場に居る誰もが、いやいや負けたでしょと心の中で呟いただろう。
「と、とにかくだ、一番強いのは、まつりだろ? もうまつりしか居ないんじゃないかと思うんだよ」
「そんなことはないだろう。それでも貴様男か」
「男だけども、無理なもんは無理だ。あれは人間に敵う相手ではない。だから、もう、まつりしかあいつを越えられる者は居ないんだ」
「それは、あたしが人間じゃないって意味かぁ!」
まつりが叫び、達矢は宙を舞い、ドサリと達矢の背中が廊下に再会した、その時だった。
女性としては背が高い方で綺麗な長髪の、名誉図書委員が姿を現した。
「やはぁ、みんな、ごめん。序盤で早々にやられちゃって」
いいところに来た、と皆が思った。まだ状況が読めないであろう宮島利奈を教室内に放り込んでみよう。そう思った。非道である。いやしかし利奈っちというのはそういうポジションに居る子なのだ。
「まったくだよ」と、まつり。「カッコつけて幼女を説教するとか言っといて返り討ちとか、アホの極みだ」
「うわ、ひどくない? ちょっとは慰めるとか、あっていいっしょ!」
「ところで、教室の中に敵が居るんだけど、どうも利奈の知識が必要みたいなのよね。ちょっと何がどうなってるのか、見てきてくんない?」
もはや高熱に満たされた部屋に入るのは罰ゲーム通り越して自殺行為状態であったし、とはいえここまで来ておいて誰も入らないとなると志夏の逆鱗に触れかねない。
誰も志夏が怒り狂ったところなんて見たことはないが、本能的に畏れを抱いていた。ボイスレコーダーで色々されてしまうかもしれないし。
というわけで、頼られて「仕方ないなぁ。じゃあ、わたし見てくるね」とその気になった利奈の背中を皆で押した。入った。利奈が教室内に入った瞬間に、まつりが勢いよくビシャンと扉を閉めた。そのまま押さえ続ける。
内部から利奈の声がする。
「うわ、あつっ、なにこれ熱い! ていうか、何に関してわたしの知識が必要なの……って、あっついもうだめ――って、ええっ?」
教室後方の戸がガタガタと音を立てた。外に出ようとして、出られないようだ。そりゃそうだ。怪力のまつりが押さえているのだから。
さらにまつりは、達矢に前方の扉を押さえるように指示する。まつりの暴力がこわい達矢はしっかりと扉をおさえた。人でなしである。
教室前方の戸がガタン、バンバンと音を立てた。しかし開かなかった。
「あけて、あけてよ、あついしんじゃう!」
そして、諦めたようで、利奈は「まどっ、まどっ」と呟くように叫びながら金属製の錠に手をかける。
「うぁっつぅ!」
熱かったらしい。明日香の熱によってバカみたいな温度になっている場所では、金具で火傷するくらいになっていた。
利奈は咄嗟に布でできた図書委員の腕章をぶっちぎってそれを手袋代わりにして鍵を開けた。窓の熱いガラスに手をかけて、思い切り窓を開けた。
強風が飛び出していった。
いつも窓からは、強い風が入ってきていた。そう、入っていた。しかしこの時は、内部が膨張した熱い空気だったために、風が出て行った。内から外に風が吹いたのだ。
珍しいことだなァ、なんて考える間もなくスカートがブワッてなって、次の瞬間には全身が突風に乗って、利奈っちは焦げた腕章と共に空を飛んだ。
「あアァアアーァァァ……」
だんだん小さくなる声で、飛んで行き、強風で整形され歪な形をした中庭の樹に背中からぶつかり、
「あうっ……アッ……」
幹や枝にぶつかって空中を転がりながら、やがて花壇横の土に尻餅をついた。涙が出た。なんかもう色々悲しくて。そして汗だくだった。部屋が異常に暑かったのと冷や汗とで。
とにかく、まつりに文句を言いたかった。
しばらくの沈黙の後、立ち上がり、「こんちくしょー!」と吐き捨てて、涙を拭い、昇降口へと向かう。
大本営たるテントと志夏には目もくれず、割れた花瓶と落ちたゴキ○リオモチャも放置して階段を上る。四階、三年二組の教室へ。
「まつり!」
「お、生きてたか。よかったな」
「よかったなじゃないでしょ! ヒドすぎじゃない?」
「何が?」
とぼけた上井草まつりに限りない怒りを抱いた利奈が、三年二組の戸を勢いよく開ける。
「ここの中! すごく暑くて……ってあれ?」
利奈は首を傾げた。思ったより涼しかった。先刻と比較して圧倒的に涼しく感じられた。
まつりは利奈の両肩をポンポンと叩いて、
「よくやった、利奈。お前が窓を開けてくれたおかげだ。すごいよ」
褒めた。
「えっと、うん」
何だか釈然としないまま、怒りをおさめた。くすぐったい嬉しさがあったようだ。宮島利奈にとって、上井草まつりに褒められるというのが、限りなく希少で嬉しいことだったためである。
かくして、風通しが良くなった室内に再び入れるようになった一行だったが、利奈の活躍はこれだけに及ばなかった。
ぞろぞろと教室に入った、まさにその時だった、利奈っちの背中からシュパッと何かが飛び出した。
白い服を着た、足の無い笑顔の女だった。ふわふわ浮いていた。いかにも幽霊といった風貌で、額に三角形がついていたりする。ステレオタイプな幽霊。やや幽霊として違和感があるとすれば、ニコニコと笑顔満開なことくらいか。ある意味それはそれで不気味かもしれないが。
ともかく利奈は、それに気付けずに居たのだけれど、やがて気付いた者が居た。最前列を歩きながら二度三度振り返った体操服姿の上井草まつりである。
「お、おい、利奈。それ、何だ?」
まつりは立ち止まり、利奈の背後を指差した。隊列の足が止まる。
「え、それって?」
「お前の後ろに、なんか白いやつ居るぞ」
それで注目した他の人々も、その幽霊の姿を認識する。
「こんにちはー」
幽霊は挨拶した。
利奈は声のした方、まつりの指差した方に振り返る。そして、引きつった顔で一瞬だけ静止した後、
「うぇえ? なにこれ、オバケ? なにこれー!」
叫んだ。
すると幽霊は答えた。
「本子は、利奈っちに取り憑いてる幽霊です!」
「ゆう……れい……?」
利奈は凍りついた。直立不動でピンと固まった。オバケとか幽霊とか、そういった類のものは大の苦手なのだ。その割に、いかにもそういうのが出そうな図書館裏の洞窟に一人で泊まったりするのが、彼女のわけのわからないところでもあるのだが。
やがて利奈はフリーズから動き出し、両の手をばたつかせ始めた。
「うっそ、マジでオバケ?」うわずった声。「なにこれ、きいてない! 助けて、助けて! 誰か助けてよぅ!」
しかし、事態が飲み込めない周囲の人々は全く助ける気配も見せず、ただ暴れる利奈を眺めていた。
明日香は視線すら寄越さない。明日香は完全に目覚めるその時まで、半径三メートルくらいに近付く者をただ撃退するだけしかプログラムされていないのだ。
まあ、明日香がこんなことになっとるんだから今更幽霊がどうとか言われても驚かんなぁ、という気持ちの人間ばかりで他人事だってこともある。
本子の姿は、その場の人間全員に見ることができていたし、声も全員に聴こえていた。この時は、どういうわけか怪しげな赤く光る本が無くても、全員に見えていた。
本子さんは、ひとり呟く。
「でも、それにしても、どうして本子が強制的に目を覚ましたんでしょうか。不思議です。どうしてかわかりませんか、利奈っち」
「あーん、オバケやだぁ。利奈っちとかよばれたぁ」
泣いてた。
本子は手の平を天井に向けて肩をすくめる呆れポーズをとった後、教室内を見渡し、暴走する窓際最後部を見て、ハッとした。
「むむむっ、あれは、本子の悪しき半身!」
自分が目覚めた意味に気付いたようだ。
「お? 何か知ってるのか?」
達矢が本子に訊いた。
すると本子という名の幽霊は、ぼんやりと光彩を放つ明日香をじっと見つめた後、達矢たちの方に振り返り、遠い目で虚空を見つめながら、
「あれは、本子です。そう、つまり、あたし。いわばもう一人の本子。あの女の子のボディを乗っ取って、悪い本子が大暴れしているのです」
その言葉を耳にして、利奈っちは悲痛に叫ぶ。
「あんたのせいかぁ! あんた最低だぁ! しかもわたしに憑いたりしてぇ!」
「うるさいですね利奈っち。呪いますよ?」
「うぇ? あ、ごめんなさぁい」
素早く土下座した。呪われたくないのだ。
まつりは、「よわっ」と本心を漏らす。
「う、うるさい! まつりは憑かれてないからそういうこと言えるんでしょ!」
「別に、あたしはオバケも幽霊もこわくないし」
「憑かれてからものを言いなさいよ!」
「黙れ! モイスト! モイスト!」
廊下に正座する利奈の長い髪をバサバサしはじめた。
「ひあぁああ、何すんのよ、こんな時に!」
「こんなときだからだ!」
「意味わかんないわよ!」
利奈っちに同意だ。意味不明だ。しかし、結果として利奈の涙は止まった。
プチ不良の達矢はそんなふざけたやり取りに呆れながら、何か知っている風な本子から知識を引き出そうと質問をぶつける。
「なぁ本子さん。あの発熱娘に弱点とか、ないのか?」
「わすれました」
空振りに終わった。
「ていうか、そもそもの原因は何なんだ。何で明日香はこんな感じになっちまったんだ?」
「さぁ、本子にはさっぱり」
使えない幽霊だと思った。
そんな時、新たな人影が現れた。制服を着ていた。
「倒すべき相手を前に、何をチンタラやってんだい、あんたら」
年齢で言えば高校の制服なんて着てたらイタいくらいの華江さんが、上井草まつりの制服を着て、肩に壺――埃まみれの汚らしい壺――を抱えて登場した。胸がきつそうであるが、まぁ見た目が若いので似合わないこともなく、でも何だか違和感が激しくて、
「「「うわぁ……」」」
同時に呟いたのは、達矢とまつりとみどりの三人だった。
緒里絵は恥ずかしそうに頬を赤らめつつ、
「おかーさん、それ作戦にゃん? 年甲斐もないひどい格好して、敵を惑わす作戦にゃん?」
「うるさいね、近くにコレしか無かったのよ」
「一体、どういう状況になればまつり姐さんの制服がファーストチョイスになるのか、わけがわからないにゃん」
まつりの祖父によって湖に放り込まれた後、渡されたのがこの服だったわけで、もしかしたら爺さんの趣味かもしれない。
「そんなことよりも、緒里絵。あんた、その刀……」
「あ、そうだにゃん。おかーさん、Dくんにアタックかけたにゃん?」
「は? 何言ってんだい。その刀使って早くあの暴走した子を何とかしな」
「質問に答えないってことは、聞かれちゃ困ることがあるってことにゃん? つまり、おかーさんもDくんのこと……」
「意味わかんないよ。誰か説明しておくれ」
しかし、緒里絵が何を言いたいのか理解できる者の中で、すすんでそれをペラペラ喋りたがる人間など居なかった。
答えたのは、何とフワフワ浮いている陽気な幽霊だった。
「それについては、本子がお答えしましょう。ずばり、緒里絵ちゃんは、ハナちゃんをライバル視しているのです」
その通りだった。
しかし華江さんは明確な解答を提示されたにも関わらず理解を示そうとせず、
「何意味わかんないこと言ってんだい、本子ちゃん」
これに驚いたのは、笠原みどり。
「え……って、あれ? 幽霊さん、華江さんと知り合い?」
「ん、ああ。昔ちょっとね」と穂高華江。
華江と本子は知り合いだった。かつて華江がやんちゃしていた時代の更に前、幼少期に物置にあった本を開いたことがあるのだ。だから、尋常じゃない古代兵器が埋まっているという話も本子から聞いたことがあったし、森を探検してこっぴどく叱られた上に本子ちゃんが神社にて再封印されたという出来事もあった。
その際に、秘密の舟の存在が、町の何人かごく少数の大人に知られることになった、なんて話もあるのだが、それはまた別の話。
「ハナちゃん、久しいですー。その後、彼は元気ですかー?」
彼というのは、華江の旦那である。一緒に村の秘密を探る冒険をした仲間なのだが、
「あぁ、亡くなったねぇ」
しかし本子は深刻さを微塵も見せず、
「なんと。そういえばハナちゃん老け……」
「何さ、続きを言ってみな」
「いえ、何でもないです。時間の流れは残酷なものですが、時間が流れないのも残酷なので、世界というのは、ままならないものですね。困ったちゃんです」
志夏がこの場に居れば、あらでも時間を繰り返さねばならないのも残酷よ。とでも反論しただろうか。そっから事情通トリオによる鼎談でも始まっただろうか。
と、そんな時、緒里絵は何かに気付いた様子で首を傾げた後、まるで弱みを握ってやったと言わんばかりにこう言った。
「あれ、おかーさん。お酒くさいにゃん」
「うるさいね、気のせいだよ」
「嘘だにゃん。ワインの匂いでいっぱいだにゃん」
「こんな時なんだから飲んでもいいだろ」
「んー、飲んでもいいけど、独り占めはずるいって言いたいにゃん」
「あのねぇ、あんたにゃまだ早いのよ」
「もう十六だにゃん」
「お酒は二十歳になってから!」
ビシリと指差した。
「でも、おかーさんは、十代の頃から飲んでたって、教頭先生が言ってたにゃん」
華江は拳を震わせ、
「あのハゲ、次会ったらぶっとばしてやる」
「否定しないにゃん?」
「うるさいね」
ぼかっ。拳骨がとんだ。
「あうっ、暴力反対にゃん!」
バシン、と頬に平手打ち。
「生意気言ってんじゃないよ、このバカ!」
バシン!
「いっぺん死んで出直してきな!」
バシン!
何度も平手で頬を殴る、その度、すさまじい音が響く。
「ちょ、ちょっと華江さん」
達矢が止めようとしたのだが、叩かれた緒里絵は、
「うへへ、いたいにゃん」
とか言いながら嬉しそうに笑ってた。達矢は、何なんだドMの変態さんなのか、と戸惑う。
「喜んでるし、いいでしょ別に。そんな本気で殴ってるわけでもないし」
「あれで本気じゃないのかよ。すげー音したぞ」
まぁとにかく、華江の登場によって、ようやく話が進む気配を取り戻す。
華江は壺を抱えていた。それは、ピージーのアタックによって割れた壺とは別のものである。先刻、上井草の爺さんから湖で受け取ったものである。
「さぁ、緒里絵。その刀を渡しなさい」
しかし緒里絵は「ダメだにゃん」と拒否を表明した。
「何で」
「これは、Dくんに渡す約束したんだにゃん」
「Dに取って来いって言ったのはあたしだよ」と華江さんは顔をしかめる。
「Dくんをどこにやったにゃん。おかーさんの所に行って、あたしとのお付き合いのことを語ってるはずにゃん」
「はぁ、そんなの聞いてないっていうか、彼とは会ってないけどねぇ、でも、あんたんとこからこっち向かったってことは、すれ違ったのかねぇ」
「はっ、さては独房とか牢屋とかに幽閉したんじゃ……。おかーさん、外道だにゃん!」
「あんた、ちょっといい加減にしなよ?」
華江さんがにらみつけると、緒里絵は小動物的に怯えた。
「よこしな」
と華江が言って、小さくなる小さな緒里絵から渋い美しさを放つ宝刀を奪い取ろうと手を伸ばし、果てに掴む。
しかし緒里絵は「やだっ」と言って手放さない。