超能力暴走バトル編_19
箱は空っぽだった。
「ない。あの刀がない。てことは……まーたあのアホ娘……」
薄暗い地下室。蛍光灯の明かりの下で、穂高華江は探し物をしていた。
探していたのは、まさに穂高緒里絵が持ち去った宝刀だった。
事態を収拾して灼熱の町を守るためには、必要なものがいくつかある。少し前までは忘れていたが、母親から聞かされていたことだ。
町に危険が迫る可能性があること。それをもたらすものは町の中にあるかもしれないこと。その時の状況による対処法いろいろ。
はっきり言って、話を聞いた当時の華江は興味が無かった。だから、忘れていた。
この事態を何とかするために、必要なアイテムがいくつかある。そのうちの一つが宝刀の魔刀だったり、もう一つが封じ込めの壺だったり。
壺の方は、重要文化財として守られていたが、宝刀の方はあまりに価値が高いので、盗まれては大変と穂高家に隠されていた。
隠されていたのだが、扱いはひどいものだった。うっかり忘れて放っておいた華江に責任の一端はあるだろうが、まさか宝の山とも言えるゴミの中からそれを持って戦いに行くというのは親である華江にも予想できないこと。ある意味、良い勘していると言えなくもない。
とにかく、華江は必要なアイテムを持って行かねばならない。
原因とか責任とかの所在がどうなのかというのは、こうなってしまった以上、もうどうだっていいことだと華江は責任逃れの思考を展開させ、うむうむと頷いた。
つい先日までショッピングセンターに置かれていた展示用のガラスケースの中から家宝の壺を手に取る。壺と言うよりも花瓶と言った方がしっくりくるようなものだ。
宝刀で斬った悪しきものを、壺にぶち込み、やがて別の場所に封印する。それが、この事態の対処法。
母親から聞かされたのは、以下の言葉。
「んー、よくわかんないんだけどね、見たことないから。でもなんかね、悪いもんが、そうだねぇ、じいちゃん、あ、あたいのじいちゃんな。あんたから言ったらじいちゃんの父ちゃん。つまりひいじいちゃんだけど、その人が言ってたんは、要するに悪いもんてのは、『ふあいや』ってもんって話。でさぁ、その『ふあいや』いうやつが出ると、すごく暑くなってな、やがて近付いたら全員死ぬくらいになるんだってさ。できればそうなる前に、このキレイな剣でその悪しき『ふあいや』をぶった切って、ツボさ入れないとすごくヤバイんだってよ」
深刻さなど全く無い口調。これでもかというくらいに軽いトーンで話したものだから、どうでも良いのかと思って「ふーんそうなんだ」と生返事した後、記憶を深いところに押し込めていた。蓋を開けてみたら、重要なことだった。「ふあいや」というのが、紅野明日香に現れた異常のことならば、言い伝えに従って宝刀で斬って壺にぶち込むべきなのだ。それが自然な流れというものだ。
宝刀は緒里絵の手にあると考えて良いが、バカ娘に持たしておいて良い結果になるとは全くもって思えない。そこで華江は、トランシーバーを手に取った。
「こちら穂高家、どうぞ」
『む、どうしました、華江さん』
「あぁ、若山くんかい。あのねぇ、Dくんって子知らないかい?」
『はぁ、それならたぶん図書館のどっかには』
「ちょっと、その子にさ、うちの店の前に来てもらえるようにしてもらえないかね」
『え、ああはい、どっちの店ですか?』
「坂にある方」
『わかりました』
そして通信は途切れ、数分後、店の前で待っていた華江の前に、イケメンな男子生徒Dが立った。
「えっと、あなたが華江さんっすか」
「そうだよ。あんたがDだね? 不良Dの方じゃなくて、男子生徒Dの方だね?」
「はい。えっと、何か御用でしょうか。オレ、師匠から髪の長い図書委員の腕章をつけた女の子を看病しててくれと言われてるんすけど」
「そんなもんより重要なことがあんのよ」
「はあ」
「うちの娘は知ってるね?」
「知りません」
「え、穂高緒里絵ってんだけど、知らないのかい?」
「はぁ、別に」
すると華江はブツブツと小声で、
「あの子、好きだとか何だとか言っといて、何で相手に存在知られてすらいないのかねぇ」
「はい? 何か言いました?」
「あ、いや、何でもないよ。ちょっとここで待ってな」
そして華江は、和室に鎮座する巨大テレビの下にある台の中から分厚いアルバムを取り出し、その中から緒里絵の最近撮った写真を取り出した。ふざけて制服姿でセクシーポーズ決めてる色気の無い女の写真だ。
花屋の店先、半分だけ閉じられていたシャッターの前で風に吹かれていたDの前に戻ると、華江はその写真を手渡し、
「その写真の子がさぁ、うちの家宝持ってどっか行っちまったんだけどねぇ、まぁたぶん学校だと思うんだけど、あの子、あんたの言うことなら聞くと思うから、ちょっと取り返してきてくれないかねぇ」
「はぁ。可愛い子っすね」
「お、その子と結婚するかい? 緒里絵ってんだけどね」
しかしDは顔の前で手を左右に振って、
「いえ、まだ結婚なんて」
「そうかい」
「えっと、家宝って、どういうのですか?」
「刀だよ。こんくらいの短いの」
言いながら、両人差し指を突き出して肩幅くらいの幅を表現した。
「そうっすか。色とかは?」
「鞘が青っぽくて、ところどころ金色。そんで龍の彫刻がくっついてるねぇ」
「わかりました。それを受け取って、ここに戻ってくればいいんですね?」
「いや、ここじゃなくてね。学校にテントがあるんだけど、そこで待っててくれればいいよ。これからあたしも学校に向かうから」
「わかりました」
「よろしく頼んだよ」
「はい!」
いい返事をしたDは写真をポケットにしまいこむと、はつらつとした足取りで坂を駆け登っていった。