超能力暴走バトル編_16
その頃、ちょうど目的地の三階まで階段を上り切ったのが、理科室の幽霊こと浜中紗夜子だった。
紗夜子は、那美音たちに気付かずに理科室へと向かい、色白の細腕は引き戸を開けた。
内部の惨状に甲高い悲鳴を上げた。
理科準備室であるキッチンは無事だった。しかし、理科室の三分の一が抉れていて、太陽の光が差し込んでいて、炎が出たため黒く焦げたり煤けたりしていて、パソコンなんかは突然の豪雨の影響か水浸しになっていた。しかも焦げ臭かった。
涙が出た。
悔しかった。悲しかった。ゆらりと理科室に背を向けて歩き出した。小さな声で「誰?」と言った。そして叫んだ。
「誰だぁ! わたしの家こわしたの!」
「あたしです!」
「ファルファーレぇええ!」
なんと、あのいつも冷静な紗夜子が怒りに我を忘れている。
叫びながら、アルファを捕まえようと廊下を走る。
アルファはビビって逃げ出した。
逃げるアルファを守ろうと歩み出たのは、柳瀬那美音。那美音は素早い動きで、しっかりと紗夜子を後ろから羽交い絞めにする形で捕まえた。
紗夜子の背中に、大きな胸のやわらかい感触。
「離せ、サナ! あいつとっちめる!」
「マナカ。気持ちはわかるけど、落ち着いて」
「落ち着けないんだよ! わたしの家! 家だよ? 家こわされたんだよ?」
するとアルファは遠くから、
「ちがうよー、理科室だよー」
と茶化すように言った。生意気な小学生のような口調だった。
「むっかぁー!」
紗夜子は、思い切り宙に浮く左足を振り抜き、靴を飛ばした。靴は放物線を描き、アルファの方へと飛んだが、「キャッ」という小さくて楽しげな悲鳴を引き出すだけに終わった。
「サナぁ! 離せサナぁ!」
なお、サナとは那美音のあだ名である。
と、その時だった。
「手を貸すぞ、浜中!」
妙に低い声が響いた。
そして、現れたのは、上半身裸で筋肉ムキムキの暑苦しい不良だった。
不良A。えーすけという名のでかい男である。
しかし、紗夜子はこう言った。
「だれだよ」
「ハハハ、誰だかわからないのも無理はない。昔に比べればだいぶ変わったからな。しかし、もはやこの際、誰でも良いのではないか? ただ一つ言えるのはな、浜中紗夜子。この俺が、お前の味方だってことだ!」
その時、那美音がまつりに合図を送る。あごで、クィッと「やれ」という合図を。
まつりは頷いた。
不良Aは、手指の関節をポキポキ鳴らしながら、
「さぁて、どいつから掛かってくるのだ。この俺が相手にぃ――うぇぁ、ウワァアアアアアァァァァ…………」ドシャッ!
三階から落ちていった。中華料理屋の店員ちゃんが回収して保健室へ運んでいった。
紗夜子としては、別に不良Aがやられたことなんてどうだって良かった。仇を討つとか、そういう発想ではない。ただ、無性に敵っぽいものを殴りたかった。
「マツリィ!」
紗夜子は叫び、細い足で走った。
まつりは怯んだ。
上井草まつりは、学校で最強の人間である。しかし、そんな人間にも天敵が存在する。それが、浜中紗夜子である。もう一人、那美音もまつりの天敵と言っても良いような存在ではあるが、とにかく紗夜子は最大の天敵だった。
過去の因縁からか、まつりの体は動かなかった。これから攻撃されようというのに動かなかった。
紗夜子は右手で引っ叩いた。まつりの頬を。
普段なら、何てことない一撃で、簡単に避けられるはずだった。避けられないまでも、ダメージなんてほとんど無いような、軽い攻撃のはずだった。
でも効いた。吹っ飛んだ。窓から落ちた。あるいは、自分でダイブしたのかもしれない。
まつりは声を発することなく、悲しそうに落下し、ガラスまみれの中庭に着地した後、なんと前転を繰り返して門の外に出て、そのままクルクル高速回転しながら坂を下っていき、最終的には湖に「とうっ」と華麗に飛び込んだ。
頭を冷やしたかったのかもしれない。
その時、まつりが落ちていった光景を目の当たりにしたのは、紗夜子を追って階段を上ってきた穂高緒里絵であった。
「なんということだにゃん!」
緒里絵は、まつりが裏切ったとは全く思わずに、那美音が那美音だということにも気付かずに、「紫ローブに姐さんがやられた」と勘違いしたようで、ポケットから銃型スタンガンを取り出して引き金を引いた。
那美音に向けて。
「よくも、まつり姐さんをっ!」
電極がビヨンと飛び出した。
外れた。というか射程範囲外だった。
沈黙。
銃を放り出してダッシュで逃げた。何なんだ。
残されたのは、やれやれといった様子の那美音、靴とばしちゃって片方しか履いてない紗夜子、そして紗夜子の靴を手に持っているだぶだぶ制服のアルファ。
で、現れたのが、戸部達矢だった。
達矢は、そこに居た面子が予想外だったようで、ひとまず敵じゃない紗夜子に視線を向けた。
紗夜子は怒っていた。家を壊したアルファに何らかの形でやり返したくてたまらない様子。
しかし、アルファの手前に立ちはだかるのは、上井草まつりを赤子扱いした柳瀬那美音である。そう簡単にいくはずもないことは目に見えていた。
紗夜子としては、何とかアルファをおびき寄せて痛い目を見せたい。達矢としては、さっさと明日香のところに辿り着いて、目を覚ませと言ってやりたい。那美音とアルファは、何とか上って来る敵を撃退しなければならない。それぞれの目的を達成するための戦いが、始まるのだろうか。
しかし、始まらなかった。
そんなタイミングで、状況を打開できるアイテムを持って笠原みどりが戻って来たのである。