超能力暴走バトル編_1
町は、異常なまでの熱に包まれていた。
あと数十日もすれば夏になるほどの時季ではあるが、赤道直下でもないこの地域でこの暑さは異常だ。しかも、からりと晴れているわけでもなく、まるで蒸し器の中に居るかのよう。
気温五十四度、湿度六十パーセント。
夏でもこんな気温にまで上がる場所は稀だろう。
そこらへんに立っているだけでふきだす汗が止まらない。
なお、これは地球がどうこうしたわけではない。地球的規模で見れば、気温変化など許容範囲の中にある。というよりも、ほぼ変化していないも同然で、この町だけに異常が現れたのだ。
結論から言おう。発生源は一人の少女であった。
紅野明日香。
早い話が、彼女が潜在的に持つ発火能力が嫌な形で発現しちゃって、すり鉢状の地形にある町がサウナのごとき暑さになってしまったということである。
何故そうなったのか。
それは、神である伊勢崎志夏にもわからないことであった。
この状況に落とし込まれるまでの状況を簡単に説明すると、ある日、紅野明日香と上井草まつりがいつものようにぶつかり合い、とにかく勝負をつけようという話になった。そこで、これまたいつものように志夏が野球対決でも提案しようと思ったのだが、その時に男が一人歩み出て来た。
「俺こそが、この町に君臨すべき王だぜ!」
戸部達矢だった。
クソみたいな気まぐれを発揮した主人公気取りの遅刻とサボリが得意な高校生男子である。明日香の子分としておとなしくしていればいいものを。
たとえば、不良Aとかが歩み出てくるのならば、吹っ飛ばされて明日香とまつりのサシの勝負となるのだろうが、戸部達矢の場合となれば話は別。
この時の達矢は小ざかしかった。
「俺を正式に学校でただ一人の風紀委員にしろ。勝負で勝てばいいんだよな。勝負の方法は、そうだな、ジャンケンだ」
上井草まつりはジャンケンなど何年もしたことがなかった。普段は暴力で自分の思い通りの方向にすることばかりであり、周囲も公平なジャンケンなど上井草まつり相手には無駄だと思っていたからである。
しかしながら、過去は暴れまくっていた上井草まつりも長い年月を経て成長しているのである。ジャンケンを公平に執り行うことができるくらいには。その結果として負けた後に暴れるかと言われれば、やはり暴れたり引き篭もったりするわけで、それで果たして公平なのかというのは微妙なところであるけども。
とにかく、三つ巴の戦いとなり、町が誇る調停人、伊勢崎志夏立会いのもと明日香も了承し、三人はジャンケンした。
そもそも、今まで風紀委員を名乗っていたところにジャンケンなんかで交代してたまるかと上井草まつりは思っていたのだが、志夏に「そんなの上井草さんが勝手に名乗ってただけでしょう。これから正式に風紀委員を常設してあげるし、そこの争いにあなたみたいな問題児を参加させてあげるんだからむしろ感謝しなさい」とか言われて。うぐぐってなった。
紅野明日香は、とにかく上井草まつりを叩ければそれで良く、暴力行為やその他不良行為全般をやめさせようと正義に燃えていた。
戸部達矢はふざけたことに何となく気分での参加だった。
そうして勝負を開始したところ、やはりと言うべきか、達矢がアッサリと脱落。後、まつりと明日香のあいこが続いた。
達矢が「銅メダルも悪くないぜ」とか負けを惜しながら窓枠に手をつき、外の巨大風車を眺めているのを尻目に、ジャンケンは続く。何度か休息を挟みながらも、白熱していく。
「「ジャンケン……ポン! ポン! ポン! ポン…………」」
二人での勝負なのに、なかなか決着がつかなかった。明日香がグーを出せばグーで応えるし、まつりがチョキ出せばチョキが出てくるし、パーの時はパーだし、もうお前ら結婚しろと言いたくなるほどに気が合うように見えた。
奇跡的な連続二百回くらいのあいこの末に、二人はハァハァゼェゼェと息荒く同時に膝をついた。
そこで審判役の志夏が宣言する。
「日没サスペンデット!」
二人の対決は延期されたわけだ。
急激に気温が上昇したのは、その翌日の朝にあたる。




