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風車の町と抜き打ち学力テスト-9

 俺の手から、鉛筆が、空欄の多い解答用紙の上に滑り落ちていった。


 心の中では、サジを投げた。


 テストなんて、滅べば良いのに。


 手ごたえなんてない。歯ごたえもない。噛み切れない。


 そんな感じで、生徒会長の気まぐれによって決定したテストは終了した。


 言い訳をさせて欲しい。試験勉強ができなかったんだ。


 何故なら、テレビを探して彷徨っていたから。


 でも、テレビさえ見られずに、俺は独房で相撲を見ながら一夜を過ごした。


 だから、答案には力士の名前が多く並んだ。


 何で、こんなことになっちまったんだろうな……。


 きっと赤点。もう赤点に違いない。


 補習とグラウンド十周が、もう目の前に。


「くはぁ……」


 俺は呟き、頭を抱えた。





 数日後。


 テスト結果が廊下に貼り出される形で発表された。


 生徒全員の点数が詳細に貼り出されるという(イキ)な計らい。


 どうやら生徒会長の伊勢崎志夏は、成績不振者にとことん嫌がらせがしたいらしい。


 赤点も零点もかまわず掲示するものだから、誰がバカなのかといった事実が明るみに出てしまうことに。


 プライバシーというものを少しは考慮して欲しいとは思うが、悪い点数を貼りだされるのが嫌だったら勉強すればいいという話でもある。


 さて……まずは俺の順位だが……。


 なんと九位だった。


 いや、まぁ、後ろから数えてだけどな。


「そして、数学と理科で赤点を獲得し、補習とグラウンド十周をゲットだぜ!」


 努めて元気よく言ってみた。


 と、そこへ……。


「よう、赤点くんじゃねぇか」


 この声は……上井草まつり……。


 俺は声のした方に振り返った。


「そういうお前はどうなんだよ」


「あたしは、赤点なんか無いよ。九位だよ」


「そうか、奇遇だな。俺も九位だ」


「後ろから数えて、だろ」


「くっ……何故わかった……」


「愚かなキミの点数なんて確認済みなんだよ」


「しかし、まつりみたいなヤツがトップテンに入っていいものなのか? まつりのような不良が」


「ふっ、負け惜しみね。情けない子」


 くっ……否めない。確かに負け惜しみっぽかった。


「ところで、達矢」


「何だ」


「フミーン見なかったか?」


「いや……見てないが、どうかしたか?」


「実はな、フミーンの答案をカンニングしたんだけど、あんな中途半端な点数だったから、叱ってやろうと思ってだな」


「おいこら、カンニングしたのか。それは心の零点(れいてん)だろ」


「あぁ? 何か文句あんのか?」


 にらまれた。こわい。


「いえ、ないですけど……」


「そうか。ならいい。じゃあな、赤点の達矢。せいぜい補習がんばれよ」


 まつりは言い残して去っていった。


「…………」


 そして、その後すぐに現れたのは、


「戸部くん、どうだった?」


 笠原みどりだった。


「おう、みどりか。だが、他人に点数を尋ねるときは、まず自分からという(ルール)が」


「――別にないんじゃないかな」


「ああ、はい……」


「あたしは、平均六十五点くらいの十二位だったよ」


「何だそうか。俺は九位だぜ」


「え、それじゃあ、まつりちゃんと同じ……」


「いや、違うんだな。後ろから数えて九番目だから」


「え……ってことは……もしかして補習……」


「ああ、補習だ」


「何だろう、あたしと仲いい人が次々に補習になるって、なんだか悲しいな」


「次々に……って、どういうことだ? 他にも補習者が?」


「戸部くん、順位表ちゃんと見たんじゃないの? その時気づかなかった?」


「いや、まぁ、正直、自分の成績を見るのに集中してたからな……そんな補習者を注視したことは無かった。見たくもないものだったし」


「そっか。まぁいいや、えっとね、戸部くんと同じように補習になっちゃったのは、カオリとマリナで……」


「誰だそれは」


「穂高緒里絵と、宮島利奈って言えばわかるかな」


「あぁ……ムニャムニャ系アホ娘と図書館の女か」


「あ、やっぱり知り合いなんだ」


「ん、まぁな」


「マリナは、国語しかできないから他の教科全部赤点で、カオリに至っては、全部()点」


「全部()点だと? なんという豪の者か!」


「でも、名前書き忘れただけで、本当は頭いいのよ、カオリは」


 なんというか、穂高緒里絵らしいと思った。


 と、その時――


「やっはー! サハラー! たつにゃーん!」


 噂をすれば穂高緒里絵。


 テンション高い子がとててと走ってやってきた。


「よう、おりえ。零点だったんだってな」


「うむにゅん……たつにゃん、それは気付かないフリをして欲しかったにゃん……」


「全教科零点ってことは、全教科名前書き忘れたのか?」


 俺は訊いた。


「みんなより一つマルが多いんだからいいんだにゃん」


 おりえがそんなことを言った時、


「百点なら、もう一つ多かったね」


 と、みどりが優しく言った。


「うむにゅん……そういうことじゃないんだにゃん。横になんもついてなくて、一個どーんってマルってなってるのが、真のマルなんだにゃん。百点には、『1』という文字がくっついてしまうにゃん。それでは、純粋なマルとは到底言えやしないにゃん」


「お前、バカだろ」


「でも安心だよ、カオリ。戸部くんも補習だから」


「うぇぇっ! たつにゃん、バカだったにゃん!?」


「いやまて誤解だ、違うんだ」


 テレビを見ようとした結果、まつりに捕まって独房に入れられていたんだ。


 しかし俺が弁解しようとした時、


「あ、達矢さーん。赤点の人は校庭に集合だそうですよー!」


 遠くで、風間史紘がそんなことを言った。


「こらぁ、フミーン! 大声で言うなぁ! 俺が赤点だと宣伝するんじゃねー!」


「えぇ……戸部くんって赤点なんだってさ」ヒソヒソ。

「えー、うっそー。赤点? やばくない?」ヒソヒソ。

「最低ー」ヒソヒソ。


 ほら、通りすがりの女子にヒソヒソされてしまったではないか!


 おのれ風間史紘……ちょっとくらい勉強ができるからって調子に乗りやがって。


 しかしその時だった――!


「探したぞ、フミーン」


 フミーンの背後に、怪しい影。


 というか、あれは、上井草まつりじゃないか……。


「な、何ですか、まつりさん……」


「てめぇ、フミーン! 勉強が足りねぇんだよ! お前のせいで負けたくないやつに負けただろうが!」


「ぼ、僕のせいなんですか?」


「当たり前だろうが! あたしはお前のテストを見せてもらったんだから」


「まつり様、何度も言いますけど、それカンニングですよ」


「それがどうした」


「まつり様……」


 フミーンはまつりを憐れむような目で見た。


 ふと、全く関係の無い方向を見て、みどりがはっとした表情をした。


 その視線の先を見てみる。ガックリと廊下に膝と両手をつく女の子の姿があった。


 あれは……利奈っちじゃないか。


「赤点……四つも……っ」


 宮島利奈は泣きそうな声で呟いた。


 ふぅ、下には下が居るというわけか。


 俺は赤点二つ。


 赤点仲間、補習仲間というわけだ。


 よし、ここは一つ、仲間同士慰め合おうではないか。


 俺はそう思い、みんなのもとを離れ、宮島利奈のもとへと歩いた。


 そして話しかける。


「利奈っち、赤点が四つもあったって?」


「そう……順位も下から三番目で……こんなはずじゃなかった……」


 嘆いていた。


「ちゃんと勉強したのか?」


「部屋の掃除してた……」


「あぁ……確かに、テストと言われると急に部屋の掃除がしたくなったり、昔読んだ漫画を読みたくなったりするよな」


「そうなの! わたしの場合は、昔の日記を読み返してて、楽しくて勉強なんかできなかった……勉強しようとすると、すぐに気分転換したくなって、壁に画鋲を刺したり抜いたりして遊んでて、そして気付いたらいつの間にか掃除している自分が居て、いつの間にか日記読み耽ってて、それに気付いた時には朝だったのよぅ……」


 何て言ったらいいだろうか……すげぇバカだろ、この子。


 俺が落ち込む利奈っちを眺めていると、またしても上井草まつりが近くにやってきた。


「おや、そこで沈んでるのは、補習常連の利奈くんじゃないか」


 心無い言葉を発するまつり。


「ひどい……それが落ち込む親友に向かって言う言葉なの?」


「親友? 手下の間違いだろ?」


「なっ……」


「だいたい、赤点四教科もとるようなヤツを友達だと思いたくないんだけど」

 とまつり。


 カンニングするのもどうかと思うがな。


「だって、学校来てないもんね」

 とみどり。


「ママにはナイショにして、お願い!」

 利奈は言った。


 その時だった――。


『ママにはナイショにして、お願い!』


 利奈っちの声に限りなく似た声が、背後から響いた!


 しかしそれは利奈の声ではなく、機械から発せられたもの!


 おそらくボイスレコーダー!


 こういうことをやる子といったら、やはり……。


 振り返ってみれば、思った通り、そこには生徒会長の伊勢崎志夏が居た。


「全教科満点の私が来ました」


 何だと?


 志夏は全教科満点!


「バケモノか!」


 俺は言った。


「失礼ねぇ、達矢くんは」


「満点なんて……に、人間じゃない……」

 と利奈っち。


「宮島さん、正解! 私は神!」

 志夏はビシッと指を差した。


「そ、それはそうと会長、さっき録音したの消してよぅ」


「ふふふっ」


 利奈っちの要求に、生徒会長の伊勢崎志夏は悪そうな笑いを返した。


 俺は頷きながら言う。


「なるほど、こうしてイジメられていたわけだな。利奈っちが図書館にひきこもった理由がわかったぜ」


「ひきこもってないってば」


 利奈っちは主張したが、皆が声を揃えて、


「「「「え? ひきこもってるじゃん」」」」


「ち、ちがうもん」


 あくまで否定する利奈っち。


「宮島さん、今度こそ浜中さんに勝つとか宣言していなかったっけ? テスト始まる前に」


 追い討ちをかけようとする悪魔のような志夏。


「言ったけど……マナカに勝つって言ったけど……」


 うちひしがれていた。


『わたしは、絶対マナカに勝つ! 特に国語では負けるわけにはいかない! 国語だけは勝つ!』


 ボイスレコーダーから、利奈の声が発せられる。


「ね?」


 いや……そんな、俺を見つめて言われてもな……。


「ぬぁあああうっ!」


 耳をおさえた利奈っちの嘆きの叫びが響いた。


「そういえば、アイツの点数もすごかったわよね、級長」

 みどりが訊いた。


「ええ、そうね……浜中さんは、私に次いで二位だったわね。平均点九十八点で。そして、宮島さんは下から三番目」


 志夏が答えた。


「ねえマリナ。比べるのが恥ずかしくならない? マリナ」

 みどりも更なる追い討ち。


 何だろう、ひどい子たちだ。


「まぁ、マリナがマナカに負けたくない気持ちも、わからないでもないけどね」

 とみどり。


「だよね、だよね、そうだよね」


「以前ね、マナカに、『どうしてそんなに勉強できるの?』って訊いたんだけど、その時返って来た答え、マリナは何だと思う?」


「何?」


「アイツは言いました。『え? どうしてできないのかの方が理解できないよ』」


「何それぇ……」


「何か、すごいうざかったけど、アイツだから憎めなかったよ」


「わたしは憎いもん!」

 利奈は悲痛な声で叫んだ。


「ちなみに、宮島さん。浜中さんの苦手な国語の得点聞きたい?」


「そうだ、国語なら勝てる! わたしは八十七点!」


 利奈っちは立ち上がった。


「浜中さんは九十五点でした」


「はうぅあ!」


 再び崩れ落ちた。


「しかも、浜中さんの方が年下なのにねぇ」


「もうやめてぇ!」


「這いつくばってる暇はないわよ、宮島さん。もうグラウンド十周の時間だから」

 と志夏。


 落ち込む時間も無いというのか。かわいそうに。


「頑張れ、利奈っち。応援するぞ」

 と俺は言って、その場を去ろうとした。


「何言ってるのよ。達矢くんも十周でしょ。ほら、もう校庭前に集合よ」


 俺の腕はガシッと掴まれた。


 志夏の冷たい手に。


「逃げられないかぁ……」


 天井を見つめた。





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