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風車の町と抜き打ち学力テスト-6

 理科室と言っていたな、みどりは。


 というわけで、俺は既に理科室の前に居る。


 ここに何があるんだろうか。


 とりあえず俺は、目の前の引き戸を開けた。


 ガラッ。


「…………」


 言葉を失った。


 ピシャン。


 閉めた。


「何だ、今のは……」


 思わず呟くほどに、その場所は理科室ではなかった。


 目をこすって、頭上のプレートを見ても、『理科室』の文字はそこにあって、そこが理科室のはずだということを示していた。


 しかし、中をチラッと見た限りでは理科室には思えなかった。


 ――何かの見間違いかもしれない。


 俺は思い、ガラッともう一度引き戸を開けた。


「何だここ」


 理科室のはずのその場所は、床には緑のカーペット。窓には赤のカーテン。


 白いクロスが掛けられたテーブルがいくつも並んでいた。


 あるテーブルにはノートパソコンが置いてある。


 またあるテーブルには漫画が数冊散乱していた。


 またまたあるテーブルには洋服が散乱。


 そして保健室にあるようなベッドが置かれていた。しかも天蓋つき。


 オシャレな生活感のある部屋。


 理科室にあるまじき光景だった。


「あっ……」


 で、扉の向こうには、人が居た。


 ノートパソコンでテレビらしきものを見ていたようだったが、俺に気付いて立ち上がっていた。


 目が合った。


 美しい子だった。


 真っ白な肌をして、短めの髪に、広いおでこ。


 背は小さく細身の体で、すばらしい鎖骨をしている。


 女子の制服を着た、細っこい子だ……。


 制服の右腕には、緑、白、赤の三色ラインが入っていた。


 何だろう……長靴の形に似てるサッカーと古代遺跡と芸術とファッションと青空で有名などっかの国の旗みたいだ。


 その子と目が合った。


 感情の色が無いような瞳で見据えられる。


「入って、いいか?」


 俺が訊くと、


「だめ」


 ダメと言われた。


「そうか、みどりの紹介で来たんだがな……」


「サハラの? じゃあいいよ」


 さすが笠原みどり。名前を出しただけでオッケーが出るとは、看板娘なだけのことはある。


「じゃ、じゃあ、お邪魔するぜ」


「ジャマするなら帰って」


「いや、そういう意味での邪魔じゃなくてだな」


「ほんの冗談」


 無表情で言われたら冗談だと思えないんだが。


「ところで、なぁ、パソコンで見てるの、それテレビか?」


「通信制の大学の講義」


「大学だと? じゃあ、大学生なのか?」


「ちがうけど、見れる。サンプルっていうか、お試しっていうか、少しだけ講義内容が公開されてたから、見てた」


 その映像を見てみると……。


「くぁっ!」


 俺は声を上げて、倒れかけた。が、ギリギリのところで踏みとどまる。しかしダメージは甚大だ。英数字の羅列……何かの公式だろうか。それが黒板に並べられていて、教授らしきおっさんが、チョークを持ってボソボソした声で説明していた。


「どうしたの?」


「いや、実はな、俺は見慣れない英数字の羅列を見ると気を失うという病なんだ」


「そんなんじゃ、イタリア行けないよ」


 何でイタリア限定なんだ?


 まぁいいか。


「とにかく、それでテレビが見れるんだな?」


 俺はノートパソコンを指差しながら言った。


「見れるけど……名前は?」


 名前を訊いてきた。俺は、名乗る。


「戸部――」


 しかし、名乗りかけて、思った。


 この子も、もしやテレビ禁止令が出ているのを知っていて、それで訊ねているんじゃないだろうか。そうだ、そうに違いない。


「とべ……何?」


 訊いてくる。まるで、探るような上目遣いで。


戸部崎達矢丸(とべざきたつやまる)だ」

 俺は名乗った。偽名を。


「じゃあ、たっちーでいいね」


 いきなりあだ名をつけられたぞ……。


「お前は、何て名前だ」


「浜中紗夜子」


「そうか、紗夜子か……。呼び方はサッチャーとかで良いか?」


「何だろう、何となく可愛くない感じがするからやだ」


「そうか、それじゃあ、何て呼べば良い?」


「好きに呼んで」


「じゃあ、サッチーでいいか?」


「やだ」


 おいこら……好きに呼べって言ったじゃねぇか……。


「じゃあ……サヨラー」


「センスない」


「じゃあ……サヨナラ!」


「うん、さっさと帰りなよ」


「違う、そういう意味じゃない」


「何なの? あだ名ひとつも決められないで。それでも学生?」


「いや……まぁ……その……ごめん……」


「まぁいいや。それで、たっちー。わたしの家に何の用?」


「お前の家……って、ここ理科室だぞ?」


「違うよ。どう見てもわたしの家だよ」


「まぁ……もう何でも良いか。とにかく、紗夜子。よく聞けよ」


「何?」


「俺は、テレビが見たい!」


「へぇ」


 しばし、無言。


「えっと、見たところ、この部屋にはテレビは無いようだが、パソコンでテレビを見ることができると言っていたろう。それを見せて欲しいのだ!」


「どうして?」


「頼む!」


「何を見るの?」


「よくわからんが、たぶんバラエティ番組だ」


 俺がそう言うと、


「だめ」


「なっ、何でだ……」


「今夜は夜通しこの授業見るからダメ」


 紗夜子は、パソコンで流れ続ける講義を指差して言った。


「こんなもん見て、何が楽しいんだ!」


「楽しいよ、低俗なテレビ番組見るよりも楽しいよ!」


「低俗じゃないテレビ番組もあるだろうが!」


「とにかく、今日はダメだから」


「ええい、ならば力づくで!」


 俺は言って、ノートパソコンを奪おうと手を伸ばした。


 そして、本体を掴んで引っ張る。


 配線が引っ張られ、ピンと張った。


 それを見て、冷静だった紗夜子の目の色が変わった。


 ……怒りの色に。


「たっちぃいいい!」


 ばこんっ!


「いってぇ!」


 頭を右の平手で引っ叩かれた……。


「ダメだって言ってるでしょ!」


「いいじゃねぇか、テレビくらい!」


「ダメ! 出て行けぇ!」


 ドンッ!


 両手で強く突かれた俺の体はノートパソコンを手放し、バランスを崩してフラフラと理科室の外の廊下へ。


 一瞬だけ宙に浮いたノートパソコンを紗夜子がキャッチするのが見えた。


 そして、ぼてっと情けなくも尻餅をついた俺の視界には、目の前の戸が閉まっていく光景が映っていた。


「さ、紗夜子ー!」


 カチャリと鍵がかけられた音がした。


「たっちー、テレビ禁止!」


「ここでもテレビ禁止とは……俺はただ、友人に呪われたくないだけなのに……」


「帰れー!」


 引き戸の向こうから、まだ怒りの色を込めた叫びが聴こえた。




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