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風車の町と抜き打ち学力テスト-3

 着替えを済ませて外に出た。


 木が傾いて大きく揺れている。というよりも、この町では傾いていない木の方が珍しい。


 相変わらず風が強い。


 いやまぁ、風が無いよりは良い気もしている。


 空気の入れ替わりが無い部屋は、良い部屋とは言えないと俺は思うしな。


 流れる水は腐らないともよく言うし。


 ただ、まぁ、少し強風すぎる気もするけど……。


 そんなことを考えながら、とりあえずの目的地に辿り着いた。


 学校へ向かう途中の商店街。


 今まで注意して観察したことはなかったが、商店街には一個くらい家電売ってる店があるもんだろう。もしも無かったら、俺は失望する。


「さて……」


 歩き出す。


 周りを見渡しながら。


 坂を登っていく。


 おっと『笠原商店』があった。


 ここは、笠原みどりの家だが、テレビは売っていないだろう。


 お、『穂高花店』か。


 ここが穂高緒里絵の家だったか。


 そして、商店街が終わった。


「いやいやいや、見落としたかな。一個くらいあるだろ普通」


 俺は呟き、今度は坂を下る。


 往路よりも更に注意深く観察しながら……。


 すると、店名がかすれている店が一軒。


「えっと……『上井草電器店』か……これだ!」


 上井草という響きに甚大(じんだい)な引っ掛かりを感じるが、今はテレビを探すことが最も優先度が高い。とにかく店に入るのだ。


 そして俺は引き戸を開けて、埃っぽくて、あまり綺麗とは言えない店内に足を踏み入れた。


 店内に客の姿は無かった。


 そこにあったのは、ただ何を映し出すでもなく並んでいるブラウン管タイプのテレビジョンと、店番をしている女だった。


「キミ、何しに来たの?」


 女は、自称風紀委員の上井草まつりだった。


 それが客に言う台詞なのだろうか。


「よう、まつりじゃねぇか、サボリか?」


 俺はそう言った。


「サボリじゃねぇよ。自習だよ。しねよ」


 暴言で返してきやがった。


 簡単にしねとか言うの、よくないぞ。重たい言葉だぞ。


「じゃあ、サバオリか?」


「サバオリされたいの?」


「やめてくれ、死ぬ」


「大丈夫だろう、キミ、丈夫そうだもん」


「何を根拠に……」


「それで、あたしに何の用?」


 上井草まつりは、大して綺麗でもない髪を撫でながらそう言った。


「まつりになんぞ用はないな。店の人は居ないのか?」


 俺も対抗して前髪をいじくりながら訊いた。


「今あたしが店番なんだけど、今キミさ、すごいケンカ売ってこなかった?」


「売ってない売ってない」


 まつりにケンカ売っても良いことないから、わざわざケンカなんて売らないだろ誰も。よほどのことが無い限り。


「まぁいいや、許してやる。それで、達矢は何か欲しいものでもあるの?」


「まぁな。テレビが欲しいんだが……」


「何だ、それならいっぱいあるぞ」


 それは見ればわかるなぁ。店内のあちこちにテレビが置いてあるものな。むしろテレビ以外陳列されていないようにも見えるくらいに。


「サイズはどれくらいがいい?」


 まつりが訊いてきた。


「サイズかぁ、普通くらい」


 答えた。


「じゃあ一番デカくて高いやつがいいな。都会から来た戸部達矢くんなら、金持ちなんだろ」


「おいまつり、それは違うぞ。都会に居る人間がみんな金持ちだと思ったら大間違いなんだよ」


「そうなのか?」


「そうさ」


「まぁとにかく、その辺に並んでるテレビの中から欲しいものを――」


「くれるのか?」


「ふざけんな、ぶっ殺すぞ」


「なぁに、ほんの冗談だ」


「並んでるテレビの中から欲しいものを言ってくれれば、値段を教えてやってもいい」


「値段くらい、最初から表示していて欲しいんだが」


「無理言うな」


 いやいや、無理なことないだろ……。


 まぁしかし、上井草まつりに常識が通用するはずがないんだ。こいつはおかしな女だから。


「おい、達矢、今何か失礼なこと考えただろう」


 うぇい、鋭い子。


「どうせ、都会の電器屋と比較して劣ってるとか思ったんだろ」


「ん、いや、それは思ってないな。別に比較してない。確かに、ここはボロいテレビしか無いし、ブラウン管とか時代遅れもいいとこだとは思うが……」


 俺がそう言った時、上井草まつりは笑っていた。


 愉快そうに、ではない。不愉快そうに笑っていたのだ。そしてその笑顔のまま言った。


「あたしは今、達矢には何も売らないことを決めたよ」


「えっ?」


 そしてついに、まつりの表情が怒りの色を帯びる。


「都会がどんなに良い所か知らねぇけどな、達矢みたいなこと言う人間に売ってやるテレビなんて、この街には無い!」


「な、何だってんだ。何をそんなに怒って――」


「戸部達矢、テレビ禁止!」


「禁止ッ?」


 おいおい、禁止って……どういうことだ……。


「今、戸部達矢にテレビ禁止令が発令された。もうこの町で達矢がテレビを見ることはできない! わかったな?」


「い、いや」


「おらぁ! 出て行けぇ!」


 どごん!


「けふぁ!」


 俺は思い切り蹴飛ばされ、店の引き戸にガコンと激突した。


 痛いッ。


 まつりの手が引き戸を開け、俺は首根っこを掴まれた。


 そして、放り投げられる。


「うおあぁっ!」俺の悲鳴。


 数メートル飛んで、店の外のアスファルトに落ちて、急な坂を少し転がった後、うつ伏せになって止まった。


 何だ、なんだ。一体何なんだ。


 そして、地面に這いつくばったままの姿勢で、まつりの方を見ると……。


 いつものように、腕組をしてほの寂しい胸を張り、威圧的に俺を見下ろしていた。


「わかったな、達矢。テレビ禁止だからな」


 まつりはそう言って、上井草電器店に戻って行って、引き戸をピシャリと強く閉めた。


「何なんだ一体……」


 俺は呟くしかなかった。




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