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明日香がつかまった-6

 ひとしきり話を終えて、歩きながら明日香は言った。真顔で。


「あたま大丈夫?」


 イラッとした。


 とはいえ、那美音の側から想像しても、紅野明日香はおかしなことに巻き込まれているに相違ないと思えただろう。


 転校初日に呼び出し無視して屋上で寝てたら知らない女に睡眠薬を飲まされて袋に入れられ運ばれて、寝ている近くで誰かが誰かに銃弾撃ち込んで、目覚めたのが見知らぬトンネルというのでは。こんな経験をする高校生女子はそう居ない。


「ところで、大丈夫? 紅野明日香」


「何が?」


「紅野さんを運ぶ時、何回か壁にぶつけちゃったから」


「そういえば、何だか体がだるい」


「それはまだ薬の効果が弱まりながらも続いてるってことじゃないかしら」


「あと、肩が痛い」


「屋上に頭から落ちかけた時に引っ張ったから、その時痛めたのかもしれないわね」


「足も」


「着地で捻ったんじゃないかしら」


「おなかへった」


「それは……ごめんなさいね、気が回らなくて」


 食糧くらいは補充しておくべきだったと後悔した。長旅になる可能性だってあったのだから。那美音自身は、昼間に大量に食べたからまだ腹は減らないが、明日香は昼飯時に眠り続けていたので空腹も当然だ。


 更に明日香は、一つケフンと咳払いをして、


「のども、かわいた」


 那美音は逃亡を焦るあまりに、軽率にも飲み物すら持ってきていなかった。


 女スパイは責任を感じたのか申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言う。那美音が全面的に悪いことに違いなく、ごちゃごちゃと色々考えて何とか失敗分を取り返そうと顔を上げた。


 居なかった。首を傾げた。


 ――居ない?


 そう。居ない。


 目の前に紅野明日香の姿が無い。神隠しにでもあったかのように消え去った。俯いて考えごとをしていた十秒ほどの間にだ。


「こ、紅野さん? 紅野さん! 紅野さん!?」


 かつて無い焦りを覚えつつ、何度も彼女の名前を呼ぶ。


 読心能力を起動させると、ノイズだらけで、彼女がどこかに生きていることを知る。しかし、何故姿が見えないのか。


「どこ? どこに行ったの?」


 (さら)われてしまったなんてことは無いはずだ。明日香の他に誰の意識が見えないから、巨大なラジコンカーでも用意して音が出ないような改造してでもいなければ絶対に気付いたはずだ。では、何故いないのか。


 簡単な話だった。


 紅野明日香の声がした。


「おしっこー」


 少し離れた場所で、しゃがんでいた。排水口がある場所だった。


 少々パニックになって視界が狭くなっていた那美音には、明日香が多少恥ずかしい思いをしつつも野外小便しているのを発見することができなかった。ただ、それだけの話。


 明日香は立ち上がってウェットティッシュの袋をしまい込むと、那美音のそばへと駆け寄った。


 那美音は、「ああ、そうね、そういうことね」と安心したように声を出す。読心能力も再び切断して意図しない溜息が出た。


 再び歩き出す。


「紅野明日香。時間が無いの。ついてきて」


 もしも二人がこの場所から逃げようと画策していることが軍隊にバレたら、大変な事態である。那美音はそう思うからこそ焦って、明日香の腕を掴むのだ。


 明日香としては足が痛い。ただ、明日香も目の前の女が並々ならぬ熱意でもって腕を掴んで進んでいくのが理解できたから、顔を歪めて耐えながら進む。「さっき足が痛いって言ったはずなのにな」と思いながらも言うとおりにする。ちょっとリアルな夢の続きのような気分もしていた。


 明日香は逃げようとは思っていなかった。短い髪と大きな胸を揺らしながら歩を進めるスパイにしっかりと手を掴まれ、逃げ出すことはできないのは困ったけどこの後何がどうなるのかと場違いにワクワクしていた。


 対照的に、那美音は焦りを隠しきれない。いつも冷静でいようと努める那美音だが、事の重大さを知っているだけに、冷静でなど居られないのだろう。


「紅野さん。信じられないかもしれないけれど、あなたは軍隊に命を狙われているの」


「は?」


 そう返して、笑った。


「笑い事じゃないのよ。本当のことなの。あなたは古代の遺物を蘇らせるための重要な人物なの」


 確実に夢だ、と紅野明日香は思った。夢なら夢で楽しみたいとも思った。


「あはは、それで、あたしはどこに連れて行かれるの? メルヘンな場所? トンネルの先には一体何が?」


「ただの廃墟よ」


「廃墟かぁ、悪くないかも」


 今や廃墟となった隣村の学校にも、保存食くらいは置いてある。乾パンがあるのを那美音は知っている。ひとまずそこに向かおうと思っていたようだ。水分の確保が難しいが、いざとなればそこらへんに溜まっている雨水でも飲めば良い。


 さて、場違いなワクワクを抱えていた明日香だが、ふとデジャヴに襲われたようで、いきなり立ち止まった。不意に、変な映像が割り込んできたようだ。


 那美音は不思議そうに立ち止まって様子のおかしい明日香を振り返った。


「ん、どうしたの、紅野明日香」


 すると明日香はボンヤリと一点を見つめながら、


「なんだろう、私、ずっと昔に、この場所に来たことがあるような……。暗闇で誰かの呼ぶ声……」


「紅野さん? どうしたの、紅野さん?」


「紅野さん、いや違う。明日香、明日香って、なれなれしく呼んできて、そして視界は鮮やかな真紅に染まるんだ。その後は……どう、なるんだっけ……」


 夢にはよくあることだと思いながら、でも体の痛みや空腹があまりにも現実味を帯びて襲っていて、夢じゃないのかなとも思う。


 試しに自分の頬を引っ張ってみる。


 結局、よくわからなかった。


「大丈夫? 紅野さん?」


 その言葉に、明日香はハッと息を漏らした。我に返ったのだ。


 薄暗いトンネルを見回した後、頷く。


「うん。大丈夫」


 那美音は、本当に大丈夫だろうかと不安に思ったけれど、とにかく先へ進まなくてはどうにもならないことに違いは無く、明日香から手を離して歩き出す。


 まだ出口は見えなかった。


 静かな世界に、足音が響く。


「こんなに遠いなんて、聞いてないな」


 と誰にもきこえないような小さな声で呟いた。




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