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明日香がつかまった-4

 柳瀬那美音は知っていた。紅野明日香が兵器の復活に利用されることで何が起きるのかを知っていた。


 それは、世界が混迷を極めるということ。軍事バランスの崩壊と、取り返しのつかない戦争の引き金に。


 今や那美音の裏切りは明るみに出て、政府から命を狙われることとなった。


 もしかしたら明日香を殺してでも、町を滅ぼす形でも、政府の側についていた方がマシだったかもしれないと考え、すぐに頭を振って否定する。


 那美音は、風の強い町を走っていた。


 袋を抱えて逃げる那美音を追いかける者は居なかった。


 人の命は大事だが、生まれた町はもっと大事だ。町と同じくらいに大事なのは自分の命だ。


 生まれた町と自分の命、彼女の中で等価な存在の、そのうちどちらかを捨てねばならない時が来ているのかもしれない。


 那美音は立ち止まり、呼吸を整えながら雲が流れる空を見る。


 抜け出すならば、空からか。しかし誰かに見つかる危険がある。トンネルを使って抜け出そうにも隣町へ続くトンネルは民間の軍隊に押さえられている。町の南エリアは全て民間の軍のテリトリーだろう。裂け目の辺りには政府の連中が潜伏していて、裂け目の崖以外の山は鎖でも置かないと通れないような難所しかない山岳が連なっていて、ギザギザの稜線を描き出している。


 なんだこの地獄は、と那美音は思った。


 命の危険があって、町全体も危険で、世界全体まで危険で、その事実が那美音と明日香、二人の肩に重くのしかかっている。


「参ったな、参ったよ」


 呟くように弱音を吐いた。


 せめて死ぬ前に、生き別れた妹にでも会っておこうかと考えて、すぐに自らを叱るようにそれを否定する。


 ――あたしは、そんなに諦めの良い人間じゃなかったはずだ。


 妹には会いたいが、情けない精神状態のまま顔を合わせたくないと強く思った。


 と、そんな時、那美音は抱えた袋の中からノイズが発生したことに気付いた。紅野明日香が目を覚まそうとしていたためである。


「予定より早いわね」


 予定外のことではあったが、想定内ではあったので、呟きつつも、それで少し落ち着いた。普段は頭が痛くなるほどの明日香由来のノイズが、冷静さを取り戻す方向に働いたのは何だか皮肉だ。


 明日香は、目を開いたのに視界が真っ暗なことと口をガムテープで塞がれていることに気付いたが、薬の効果が抜け切れていないのか、また心地良いまどろみの中へと沈んでいった。


 選択の時だった。


 ようやく落ち着いた頭で、しっかりと考える。


 明日香を利用して強力兵器を復活させる民間軍か、明日香を殺して町を爆撃するであろう政府軍か。あるいは、どちらにもつかずに逃げ出すのか。


 逃げたいと、当然思う。ただしそれが実現可能かと言われれば疑問だ。


「よし」


 一つ息を吐き、決断する。


 明日香を連れて逃げることを。


 淡くて甘い算段だった。那美音としては不本意だが、明日香に人質になってもらって何とか逃げ延びるという狙い。


 彼女は袋を地に置いて、商店街、町の真ん中あたりに立つ。強い風が吹いている。草原に立ち並ぶいくつも白い風車が回っている。


 授業中の学園を見上げる。妹やかつての仲間たちは、元気に過ごしているだろうか、なんて思いながら。


 するとどうだろう、その思いが通じたというわけではなく、全くの偶然だったのだが、彼女の妹が屋上に姿を現した。


 大あくびをして、だるそうに天空に向けて腕を伸ばしてストレッチしていた。


「あのバカ、まーた授業サボって」


 フッと力を抜いて笑うと、目を閉じて、那美音は意識を集中する。風が那美音の短めの髪を揺らす。


 広範囲の思念を読み取って、手薄な場所を探す。


 弾き出されたルートは、那美音にとっては意外なものだった。


 手薄になっているのはショッピングセンターであり、かつて隣村があった場所へと続くトンネル方面は、ほぼノーマークと言って良い異常ぶりだった。


 柳瀬那美音は、はっきり言って怪しんだ。軍さえ控えていなければ最も簡単な出口が件のトンネルであり、トラック等が一日に数回出入りするなど、常に道は開かれっぱなし。だからこそ武装した連中が交代でトンネル警備に当たっている。


 今の時代、何とかしようとすれば、もっと効率的なシステムや機械を利用した色々を用意できるのだろうが、民間の軍隊には金銭的余裕なんて無かった。


 燃料と武器の値段が跳ね上がってしまったためである。


 武器が無く資材と人材を輸送できないものを軍隊と呼ぶのは無理があるため、この辺境の町を警備するためなんかに巨費を回す余裕は無いのだ。


 では何故、そんな資材が乏しい中で外へ続く道をあからさまに手薄にするのか。


 那美音は、自分と紅野明日香がそれだけ重要視されていて、トンネルの警備なんて無視してでも重要な二人を捕まえる、もしくは殺そうと考えたのだと考えた。


 どうやら信じたいものを信じることにしてしまったようだ。


 どこか心に重大な引っかかりを感じながらも、千載一遇のチャンスだと見て、トンネルへ向かう。沈黙する紅野明日香を背負いながら。


 あの時、中華料理屋跡の廃屋で、那美音は確かにその言葉を聞いた。


『結局、イレギュラーな兵器なんて存在させちゃいけないってんでこの女の子、殺される破目になるってのに……何がどうなっても町が滅ぼされるなんてことは言っちゃいけないって話だったから……』


 那美音は一人、考え込む。


 紅野明日香は政府の軍に渡したら殺される。その上で町も無事では済まない。双方の原因の深層に古代兵器が絡んでいる。


 民間の軍に渡したら古代兵器の起動に使われる。それは高確率で悪用に違いない。秩序を乱す行為を指くわえてみているのは嫌だ。


 町が守れないならば、せめて世界を守りたい。世界を守れないならばせめて自分の身だけは守りたい。自分の身が守れないならせめて町だけを守りたい。もしも絶対絶望的に、町が守れないというのなら、せめて世界を守り……自分を、町を、世界を、自分を……。


 とにかく、町を出ないことにはどうにもならない。古代兵器の正体を確かめたい気持ちはあったが、その入手を阻止する手段を持っているのは那美音と明日香なのだ。


 守備が手薄なトンネル方面へと歩を進める。


 何かに願いながら、何かにすがりながら、何かに祈りながら。



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