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明日香がつかまった-3

 C地点からの連絡が途絶えたことを訝しく思った大佐は、すぐに艦の進路を風車の並ぶ町方面へと向けた。


 場合によっては艦隊射撃、飛行機械での空爆を実行する準備をしておかなくてはならない。


 大佐は顎に手を当てて考え込む。


 もしも仮に、女が裏切っていたとしたら、こちらの軍に敵対する可能性がある。しかし女がこの町の出身である以上、町を丸ごと人質にとってしまえば、必ず女が姿を表すはずだ。もちろん、裏切っていればという仮定の話であり、何らかのトラブルの可能性も無いことは無い。いずれにしても、屈強な増援を送るべきだ。


 最悪のケースを想定して、大佐は動く。


 町の外、湖近くの崖で待機していた二人の兵士にC地点の様子を見に行くように命令を下し、無線でそれは伝えられた。





 町の中心、商店街の中ほどに位置するC地点に向かう兵士の二人が町に入ったならば、那美音の意識にもすぐに届く。


 案の定、那美音の思念波レーダーはすぐにその意識をキャッチした。


 二人組は坂を上ってやって来る。


 急いで大きな袋を背負ってその場を離れる。


 那美音は、この町の出身であるから、路地裏の抜け道などは網羅している。それに加えて心も読めるとあらば、那美音を捕まえるというのは熊や猪を相手にするよりも難しいと言えるかもしれない。もはや絨毯爆撃であぶり出すのが有効な手段に思えるほどに。


 しかしながら、マトモな軍隊である以上、民間人を巻き込む事態になるのは最終手段でもない限り避けたいと考えるだろう。そして、この風車が並ぶ町は外から入るのも中から出るのも困難なのだから、軍としては主要脱出ポイントをおさえておけば袋のネズミ状態は維持できる。


 那美音は逃げる。政府の目の届かない場所を目指して。


 軍は根回しをする。いざとなった時に那美音と明日香を捕まえられるようにしておくために。


 そして那美音が逃げ込んだのは、町の南にあるショッピングセンターだった。


 腹が減っては何もできないと思ったようで、かといって大きな荷物を持ったまま店内を歩き回るわけにもいかない。そこで那美音は店内の倉庫に忍び込み、明日香の入った袋を物陰に置き去りにして中華料理屋に行くという大胆な行動に出た。


 なお、繰り返しになるがこの中華料理屋は兵士たちが死体の処理をしている不健全な廃墟ではなく、健全に営業している方の中華料理屋である。


 普段は菓子パンでも食べていれば満足な那美音であるが、さすがにパーッと栄養をとって力をつけねばこの先厳しいと考えたようで、大盛りのチャーハンを三杯ほど平らげ、巨大ラーメンも汁まで飲み干すという豪傑ぶりを見せ付けて目立ってしまっていた。


 良く食べる美人なものだから店内の注目を一身に集めてしまっていて、大いなる決意と共にドンブリを置いた時に、頭にタオル巻いた寮長でもやってそうなおっちゃんに話しかけられた。


「おう、ねぇちゃん、良い食いっぷりだねぇ。こっちのマーボーもどうだい?」


「あぁ、いえ、辛いの苦手なんで」


 元々、ハニートラップを仕掛けられるくらいのスパイ向きの容姿ではあるのだが、今回のケースで目立つのは得策ではないだろう。


 柳瀬那美音は目の前のマーボーを勧めてきたタオル中年に笑顔を向けると、


「すみません、急いでますので」


 そう言って、札束から何枚か抜いて釣りはいらないわスタイルで会計を済ませると、足早に店を出た。


 彼女がやると決意したことは二つ。


 一つは紅野明日香を守ること。もう一つは政府の軍ではない、民間の軍隊に接触すること。


 那美音は二重スパイである。政府と民間の二つの軍隊に籍を置いており、どちらからも情報を得ることができる立場である。紅野明日香を捕えよという指示を最初に出したのは民間の軍であり、那美音が様々天秤にかけた結果、政府に味方することに決めたのだった。が、政府は那美音の淡い期待を知ってか知らずか明日香も殺して町を滅ぼすことを前提に話を進めている。


 そんなものを、到底認めることはできない。


 歩くスピードを上げる。


 颯爽と廊下を歩いていく。女子トイレに入って、個室の扉を閉める。


 紅野明日香に危険が及んではいないが、早く民間の軍隊の連中とコンタクトをとらねばならない。


 便座に座って一息ついたところで、目を閉じて集中する。ショッピングセンターと民間軍の間にただならぬ関わりがあることはわかっているので、探りを入れる意味で思念波読み取りの効果範囲を限界まで広げる。


 流れ込んできた。いくつもの声が。楽しげなものから憎悪の声まで多様な声が。


 常人なら狂ってしまう圧倒的情報量の中から、那美音は必要な情報だけを取り出す。


(政府の連中が、紅野明日香をとらえたらしい)

(紅野明日香を捕まえたのは、うちにも出入りしているあの女)

(標的を連れてこのショッピングセンター内に居るらしい)

(だったらどうする→やるしかない→つまり殺して奪う)

(二重スパイは信用ならない)


 何故、それを知っているのか。何故、何もかもバレているのか。


 政府の連中も既に近くに来ているようで、


(誤算だったな。あれに人殺しなどできんと思ったが、それほどこの町が大事か。いや、あるいは地中の古代兵器が、か。かくなる上は二人とも抹殺するしかない)


 追い込まれた。


 トイレの狭い個室から二度と出られないような錯覚に覆われた。


 予定が狂った。


 紅野明日香を古代兵器の起動に使おうとしている民間の連中にコンタクトをとれば、明日香は酷い目に遭っても町は守ることができると思ったのに、二重スパイがバレていて命が狙われているのでは話にならない。


 那美音は顔を洗う時のように自分の顔を叩く。その後、髪の中にに手を滑らせ、頭を抱える。


 どうすれば良いのか、わからなかった。


 更に間の悪いことに、倉庫に置いていた紅野明日香の身に危険が迫る。


(なんだ、この袋は……)


 倉庫では、従業員の男が袋を開けていた。


「まずい!」


 叫んで、駆け出す。


 トイレから食料品売り場へと急ぐ。薄暗い倉庫へと突進する。


『従業員以外立ち入り禁止』


 と書かれた張り紙がしてあるが、そんなものは無視だ。


 野菜や果物のそばに無造作に置かれた袋、縛られた口から、口を縛られた娘が見えた。


 男は驚愕し、叫ぼうとした。


 が、間一髪。叫ばれる前に、女の手が口を塞いだ。



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