理科室の友達と過ごした日々-7
四十日目。
憎たらしいくらいに平然と新しいことをマスターしていく高性能スポンジみたいな彼女の天才ぶりに、なんだか少し嫉妬しながら、私たちは一緒にこの風車が立ち並ぶ素敵な町を紹介するウェブサイトを立ち上げたんだ。
まぁ、一緒にやったとか言ったけど、デザインから何から何まで、全部彼女がやったんだけどね。一緒にやったのは遊びだけ。彼女の息抜きに私が付き合うみたいな形で。
そうして今日、ついにマジで素敵なサイトが仕上がった。見やすくて、ちょっぴり芸術的で、シンプルなようで凝っていて、彼女らしくクールだった。
正直、ほとんどアクセスなんて無かったんだけど、彼女は完成させたっていうのが嬉しかったみたいで、画面を見ながら自画自賛の笑みを浮かべてくれて、本当によかったなって。一緒に過ごせてよかったなって思う。
思い返せば、会った頃は全く表情がなくて、人間じゃないみたいだった。でも今は、少しだけだけど感情のカケラくらいは見せてくれるようになった。
何がどうなって塞ぎこんでたんだかわかんないけど、根は明るい子だなって直感的に思う。
急に決まったことだから、紗夜子に言えないままだった。
あー、日付が、ちょっとわかんないな。計算めんどい。
私は、ちょっと外出禁止タイプの入院をすることになった。
なんか、薬のせいかな。さっき看護婦さんに叱られたせいかな、それとも病気のせいかな、なんか熱っぽくて、頭ぼーっとする。
あるいは、もしかして恋だったりしてね。へへへ。
この町には、色んな人が来る。悪いことした人とか、私みたいに病気の療養に来る人も少数だけど存在する。別にいい病院があるわけじゃないから、ぶっちゃけ隔離だ。さすがに伝染病の人とかをポンポン飛ばしてるわけじゃなくて、死に至るけど他人に伝染しない病を持った人たちの、何ていうか、さいごの場所。基本的に内緒なんだけどね、これ。
こんな不良とかいっぱい居る場所が、そんな場所になってるなんて、ちょっと謎で仕方ない。あと、いっぱい若者が死ぬ病院なんて噂が立つのを嫌がる病院も、もしかしたらあるのかもしれない。そういう意味でも掃き溜めなのかな。詳しくは知らないけど。
ついさっきまで、私は、紗夜子のところに行ってた。
帰ってきたのは、早朝四時で、なんか看護婦さん超おこってたから、私はヘラヘラ笑ってやったら悲しそうに呆れられたよ。
パジャマのまま病院抜け出すとかいうのは、理科室に屋上からロープつたって侵入を試みたことのある私にとっては最早小さなことで、それが深夜だろうが何だろうが警備会社の手が回ってないこの町においては、監視カメラなんてもんも無くて、病院であっても誰かが悲鳴を上げたりしなければ、誰が駆けつけることもない。
なんか、小説とかドラマのワンシーンみたいだな、なんて図らずもふき出しそうになる笑いをおさえながら、そんなことを考えた。
一歩一歩、坂を上っていった。
風の強い町だった。
ちょっと息苦しかった。向かい風じゃなくて追い風だから風のせいじゃない。ここしばらく、ずっと運動してなかったから、体がなまってんだろうな。風はむしろ上り坂で私の味方をしてくれた。
風に背中をグイグイと押されながら、私は学校へと来た。
理科室に明かりがついてたから、紗夜子が起きてるんだと確信した。寝ててもあらゆる方法を用いて起こしてやるつもりだったけど。
夜の学校は、あんまりいい雰囲気じゃなくて、マジでユーレイでも出そうだなって思った。
私は階段を一歩ずつゆっくり踏んで三階へ行く。苦しみながら。
ちょっと、胸のあたりが痛かったのは、やっぱ恋だったのかな。なんてね。
息を切らしながら辿り着いた理科室では、夜更かししてた紗夜子と会った。
「やあ」
とかって私が言うと、彼女は平然と右手を「オッス」って感じに挙げてきた。
あくまで普段通り。
こんな時間にどうしたの、とか不思議がって心配してくれてもいいものを。でも、そういう自分中心なところも嫌いじゃない。
私はすぐに打ち明けた。
「明日の朝に、この町を出て行くことになった」
なんて嘘を、神妙な顔で。本当は病院に入院って話で、この町を出て行くなんて話ではない。でも、会えないことには変わりはないから。
まったくね、「日ごろの行いが良くなって、更生したから出て行くんだ」とかって、よくもまぁそんなペラペラと口が回るもんだって自分でも不思議だった。
でもね、私、真剣に、神妙に言ったつもりだったんだよ。でも紗夜子ったら、何だか素っ気無い調子で、「よかったね」っていう文字列をパソコンに打って見せてきた。
無表情で。ちょっと、本当に町を出て行くことになったと仮定した場合、それを打ち明けた時に止めて欲しかったから胸が苦しくなるくらいに悔しかったけれど、他人に興味ない感じの振る舞いをする彼女も、けっこう好きだから構わない。構わないんだ。
そう、好きだから。好きだからね。
うん、好きなんだ。好きなんだよ。
好きだけど。好きだけど。好きだからこそ。
あーあ、もう知らないわ。まったく。
どーせ勝手に色々やんのが好きなんだから、もう勝手にしてって感じ。
もしも、もしも、もしもの話。
この町に来て、去っていく中で、いや違うな。生まれてきて、去っていく中で、もしもやり残したことがあって、それを願えば叶うんだとして。
そう考えた時、私は真っ先に一つ思い当たった。
声が聴きたいと思った。
紗夜子の声が聴きたいと思った。
だって、手話もできないし喋れないってんじゃ、将来絶対大変だと思うから。これから先、長く長く続くであろう紗夜子の人生を考えれば、声を取り戻すのは絶対に必要だと思った。
声を出すのが恥ずかしいってわけじゃないと思う。いつだったか、本人もパソコン画面を介して言っていたけれど、ただ必要なくなっちゃって、声を出さないでいるうちに出し方を忘れただけだって話だ。
元々出ていたんだから、思い出せれば絶対に出せる。私が保証する。
あとね、あと、うんと、そうだね。
……うんとあるわ。本当は、やり残したことなんて腐るほどある。
一つと言わず、十個でも百個でも叶えて欲しい。
もっとずっと一緒に遊びたかった。
色々なこと、あらゆることを一緒に。
カラオケとかしたかったな。
普通の仲間として、色んなこと。
ま、生きてたらまた、会えるからね。焦ることもないか。
うん。
で、ちょっと話逸れたね。
私が言いたいけど言いたくないことはね、紗夜子と私が一緒にお風呂に入ったことだ。
お風呂って言っても、この学校に立派な風呂釜があるわけもなく……あ、でも紗夜子が欲しいって言ったら紗夜子専用のができるかもしんないけど。まぁつまり、お風呂っていうかシャワーだ。
声を出すことと一緒にお風呂に入ることで何が繋がるのかといえば、やっぱりさ、裸の付き合いって大事じゃん。
ていうかさ、裸でシャワー浴びてるところにいきなり乱入してったら、マトモな人ならさすがに悲鳴上げるじゃん。悲鳴まではいかないまでも、声を発するとは思ったんだ。
一言で片付けるなら、私が変態行為したって感じかな。
シャワー室に紗夜子が行ったところで、私は校内を全裸で追いかけてって紗夜子がシャワーを浴びてるところで、後ろから抱きついたの。
やっぱ、心を開くには裸の付き合いしかないね。
でも紗夜子は悲鳴を上げなかった。
さて、その後のシャワー室でのことは、この日記を読んでる人にも内緒だ。絶対に秘密だ。墓場まで持ってくから。まぁ、だいたい予想つくと思うけど。ふふふ。
そんで、部屋に戻った私と紗夜子は、最後のお別れをした。
私は、病院で異常な数値が出ちゃったから、入院しなければならない。離れるのはつらいけれど、とてもとてもつらいけれど、私は町を出るって嘘吐いて、紗夜子の前から消えよう。
「お風呂は毎日入りなさいよ。毎日家に居てもいいから格好くらいは気にしなさいよ。あと、声を出す練習は、した方がいいよ。えっちなサイトに入り浸っちゃダメだよ。匿名の掲示板を一日中見るのもダメな子になるからなるべくやめなよ」
そんなことを言い残して、私は病院に帰った。
紗夜子は、わかったんだかわかってないんだか、可愛い顔して首傾げてた。
またいつか、「遊びにきたよ」とかって、何食わぬ顔で来られたらいいけれど。その時には、「町出てくなんて嘘でした。一生ここに居る」とか言いたいけれど。
私は、言った。
「じゃあね。バイバイ。さようなら」
笑顔で言った。
紗夜子は何も言わなかった。頷いた。無表情で首をカクンと動かした。
私はそれを見て、また笑った。
何笑ってんだろうなって、思いながら。




