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風車は力強く回転を繰り返し規格外の強風は坂を駆け抜けてゆく  作者: 黒十二色
番外編_理科室の友達と過ごした日々
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理科室の友達と過ごした日々-3

 三日目。


 朝、病院でゴハンを食べた後すぐに登校した私は、理科室の前でただひたすらに待つことにした。彼女が出てくるのをずっと待っていた。


 戸が開いたのは、昼休みも終わって、五限目突入した頃だった。


 静かに、ちょっとずつ戸が開いた時、彼女は私の姿を発見してまたビックリしてた。


 私は笑顔を向けたけれど、ただ無言で、肉食恐竜でも発見しちゃった時みたいに怯えて勢い良く扉を閉めた。別にとって食ったりしないのに。


 私は戸の隙間に手足を割り込ませて開けようとしたけれど、叩き落され蹴り出され、鍵を掛けられた。部屋の中に逃げられた。


 それでも私は待ち続けた。


 廊下でずっと待っていた。


 いくら理科室に篭もっているとはいえ、いずれ限界は来るはずだ。見たところ理科室内にはトイレなんて無かったし、お風呂もあるとは思えない。さらに何か食べてる様子も無かったし。


 根負けしたのは、彼女の方だった。


 出て来た。昨日までの服とは違ったし、昨日までとは違ってくさくはなかった。おどおどしながら私の姿を見て、ぐぅと鳴ったおなかをさすりながら目を逸らした。どうやら空腹が限界に達したらしい。


 私は笑顔で、こう言った。


「何かおごる?」


 人形みたいにキレイな彼女は小首を傾げたけれど、私は無理矢理彼女の細くて白くて冷たい手をしっかりと掴み、食堂へ向かった。私もお腹が空いてたから、一緒に遅めの昼ごはんでも食べようと思った。


 手を繋いで……っていうか手を引っ張って階段を降りた。一階にある食堂へ。


 私もちょっと緊張してて彼女の方を見ることができなかったから、顔を確認できなくて、その時の彼女が何を考えているのかわからなかったけれど、いやまぁ顔見たっていつも無表情だから結局わかんないと思うけど。とにかく、紙っぺらみたいな感じで全く抵抗しなかったから、私を少しは受け入れてくれたんだと思った。


 それで、食堂に着いたんだけど、まずいパンすら残ってなくて、私は苦笑いで振り返った。そしたら、彼女は私から目を逸らしながら首を横に振ったんだ。


 ぶっちゃけ意味不明だったから、頭に「?」を浮かべたよ。


 したら、私の手を弱い力で振りほどいて、食堂から出てった。今度は私が彼女の後をついていく形になった。


 逃げられてはたまらないと私は彼女の手に飛びついた。彼女は抵抗しなかった。手に力を入れることなく、私の方を振り向くこともなく、ゆっくりと歩いていった。


 彼女が向かった先は、生徒会室だった。


 彼女はノックもせずに静かに戸を開けた。


 中には、誰も居なかった。


 ただ、会長の机の上に一人分のお弁当が置かれていて、何と彼女は勝手に生徒会長の椅子に座ってゴハンを食べ始めた。


 私は慌てた。


「ちょ、ちょっと良いの? 勝手にそんな」


 とか言いながら慌てた。


 彼女は生徒会長ではない。生徒会長はもう少し人間らしくて、でも自分を神と言い張るような変な人だ。


 私にはどう見ても生徒会長室に勝手に入って生徒会長の弁当を盗み食いしている困った悪い子にしか見えなかった。


 彼女は慌てる私を無視して、お弁当箱開けて箸を割って食べ始めた。


 だけども少し待って欲しい。たとえばそれが食べても差し支えないものだったにしても、私の分は無いのだろうか。普通の女の子だったら、ここで私のこと気遣って、「あなたも食べる?」とか聞いてくれるんじゃないかと思うんだけども。


 彼女は私のことを気にすることもなく、楽しくなさそうにモグモグしていた。まるで食事なんてのは辛い修行だとでも言わんばかりの態度。だったら私に食わせろとか思った。


 結局、彼女は一人で弁当を平らげた後、私を見た。けど、すぐに目を逸らした。何か言いたいことがあるんだか、それとも無いんだか、それすらもよくわからない。


 手を繋いでも抵抗しなかったけれど、積極的に絡んでくるわけでもない。


 何だかよくわからなくて、本当にユーレイでも相手にしてんじゃないかって錯覚しそうだった。


 きっと理科室に居る彼女の面倒は生徒会長が見てるんだろうなって思った。


 ゴハンが終わったので、彼女は理科室へと帰ろうとした。


 私は呼び止めず、ただ静かに彼女の後をついていった。


 彼女は戸を閉めなかったから、私は彼女に続いて部屋に入った。


 彼女はベッドに座った。木でできた四角い背もたれのない椅子が近くにあったので、私はそれに勝手に座った。


 理科室は、理科室なのに薬品のにおいすらしなかった。人間のにおいがした。彼女のにおいがした。


「お名前は?」


 私は聞いた。


 答えなかったので、とりあえず私が名乗らないといけないと思って、自分の名を唱えた。一回言っても憶えられなさそうだったから、二回言った。


 彼女は復唱することなくただ黙って頷いた。


 私がもう一度名前を訊ねると、すごく困ったように頭をあちこちに向けて、視線を揺らしまくっていた。


 そういえば、私はそれまで彼女の声を一度も聞いたことが無かった。


「声、どうしたの?」


 そう言った時、また焦ったように挙動不審になった。


 出したくないの、と私は訊いた。すると彼女は否定した。


 出せないの、と訊いた。彼女は肯定した。


 お名前は、と訊いた。また困った感じになった。


 メモ帳でもあれば良いのだが、あいにく持ち合わせていなかった。あんまし女の子らしくない私は、手ぶらで歩き回るのが好きなのだ。


 私がどうするべきか顎に手を当てて考え込んでいると、彼女が立ち上がった。かと思ったら座った。と思ったらまた立った。座った。


 スクワットでもしてんのかってツッコミ入れてあげるべきかなとも思ったけれど、しばらく眺めてみる。私の視線に気付いて、明らかにドギマギして、緊張の汗をダラダラ流しているようだった。これじゃまるで私がイジメているみたいだとか思った。


 やがて意を決したように彼女は立ち上がって、地べたに置いてあったリュックサックに手を突っ込んだ。しかし突っ込んだまま電池切れのロボみたいに停止して、空っぽの手を出したかと思ったら、再びベッドの同じ場所に座った。


 私は名前を訊いただけなのに、なんでこんなに回答に時間がかかったのだろうか。そんなに恥ずかしい名前ってわけでもないだろうに。


 私が、「あのっ」って声を掛けたらビクっとして、すっごいオドオドして、むしろこっちが困った。


 ああいう時って一体どうすりゃいいんだか、誰かに教えて欲しかったな。そんくらい居心地悪かった。


 でも、せめて名前くらい訊き出さないとどうにもならないと思って、私は立ち上がった。


 私が立ち上がった瞬間に、ものすごい怯えた。ほぼ初対面の手を握っただけの女の子相手に、怪物と相対した時のような反応をみせた。ちょっとショックだった。


 でも、私はそんなことではめげなかった。私は、ちょっと汗くさいベッドに座った。彼女は不思議そうにしながらも少し私から逃げるように距離をとった。


 私は彼女に背中を向けて、こう言った。


「伝言ゲーム」


 それで通じた、と思う。


 しばらく、三分くらい、いや五分くらいそのままの姿勢で待っただろうか。彼女の小さな戸惑いの息遣いを背中で受けつつ、待ち続けた。そして、なんかトイレ行きたくなってきたなって思った時に、私の背中に彼女の指が軽く触れた。


 それはもう本当に軽く、くすぐるようにして触れて、マジでくすぐったかったもんだったから、ちょっともらしそうになった。その後も、震えた指を動かしてくるもんだから、私の背中をくすぐってる状態が続いて、私は「わらっちゃいかん」と自分に言い聞かせてた。自分で伝言ゲームとか言い出したのを後悔したよね。


「ちょ、ちょっと待って!」


 私がそう言った時、彼女は初めて声を出した。「え」って感じで。と言っても、内緒話するような(かす)れた戸惑いの、声ならぬ声だったけど。


 後になって考えたら、そんなんでも声出してくれてちょっと嬉しかったけども、ただ、その時の私は尿意がいかんともしがたい状態になっていて、


「ちょっとトイレ!」


 とかって叫んで近くにあった女子トイレに駆けた。


 戻った時に、鍵閉められてるんじゃないかって不安になったけども、戸は開け放たれたままで、彼女もベッドに座ったままだった。


 おまたせ、って私は言ったけれど、彼女は無言でピクリともしなかった。


 ごめんね、って言ったけれど、彼女は私から目を逸らした。


 ただいま、って畳み掛けるように言ったけれど、おかえりとは言ってもらえなかった。


 私はさっきまで座ってた場所に座って、背中を向けた。ベッドが揺れた。


「さっきの続き。名前教えて」


 私は笑顔でそう言った。


 彼女は震えた左手で、文字を書く。やっぱりちょっとくすぐったい。


 平仮名で書いた。


「しよまなかさおこ? どこで切るの?」


 私は訊いて、振り返ったんだけど、首を横にぶんぶんしてた。その後で、彼女ははにかむように顔を赤くして目を逸らしながら、震えた手で人差し指を一本立てた。もう一回、と言いたいらしい。


「うん、もう一回、お願い」


 私はそう言って、前を向く。


 私の背中に文字が書かれていく。さっきと違うと思ったら今度はカタカナだった。


「あぁ、ハマナカサヨコ?」


 と呟き振り返ると、頷いていた。


「はまって、どんな浜? 砂浜の浜?」頷く。


「なかは、真ん中とかのオーソドックスななかでいいの?」頷く。


「さよこ……は、どんな字?」


 すると彼女はひとしきり挙動不審な困ってしまってます行動をした後、私の肩を掴んで、無理矢理前を向かせると、背中に文字を書いてきた。


 ぶっちゃけ、わかんなかった。


 さよこの「こ」が「子」っていう字ってのはだけわかった。


「そっかぁ、いい名前だね」


 とりあえず笑顔で振り返って褒めておいた。困った顔をされた。困ってたのはこっちだ。


 浜中さよ子。とりあえず、漢字の部分は後で修正するとして、それが彼女の名前らしい。


 私は彼女に色々と質問をぶつけた。


 彼女の反応は、頷くか、否定の首振りをするか、首を傾げるか、困っちゃうかのどれかで、私がいちいち質問を編むのにすごく苦労して、なんかすっごい疲れた。


 彼女は私に興味があんま無いのか何も訊いてこなくて、一方的な質問責めに終始した。


 もう夕方になって下校時間になって、私が「帰らなきゃ」って言って立ち上がると、彼女も立ち上がった。


 何か言いたげな素振りだったけれど、何が言いたいのかわからなかった。そこで私は彼女の言いたいことを勝手に想像して質問する。


「明日も、来ていい?」


 すると彼女は私の背後に小走りでまわりこみ、背中に三つの文字を書いた。


「YES」


 何だかね、よくわかんないけども、通じ合った気がしたなぁ。


 そういえば、今日は風紀委員は何にも言ってこなかった。




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